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カルダちゃんお誕生日おめでとうお祝い捧げ物SSS [小説]






夜を疾る


瞑った瞼を硬い物が突付かれる音が明ける、薄っすらと涙を溜めて開かれたこげ茶色の瞳、かつん、かつん、突付くそれは鳥の悪戯にしては夜遅すぎる、夜雀が住むような場所にこの家はあるわけない。かつん、かつん、半寝ぼけでやっと確かになった天井は間違い無く彼女の家で、頬を掻いて少し痛い、夢じゃないと知らせる。睫毛が痒くて目を擦る、手で被われた暗闇に一つの物が浮ぶ。
『3月24日23時』借り物の上着のポケットに縫い付けられていた、自分宛のメッセージカード、カルダは掛け布団を吹き飛ばす勢いで起き上がった。かつん、かつん、時計の針は11時を指している。少し不安になってメティくんをぎゅう、と抱く。
こんな時間に一体誰だろう、というよりどうやって窓から、徐々に強くなる音とガラス越しのくぐもった声、けっこうに聞き慣れた、たった一日で更に聞き慣れた女性の声。バルベルの声。どうやって、簡単な話、飛んでいるのだ。
飛び起きた勢いのままカルダはベッドから下りる、同室のレイアは静かな寝息を立てて眠ったまま起きない、揺さぶってみても不自然なほど起きる気配はない。夜の空気が冷たくカルダの頬を撫でた、こつん、こつん、この状況はとても不自然で、でも聞こえる声は知り合いのもの、室内でこの寒さなら外はもっと寒いわけで。
バルベルの申し訳程度の布しか身に付けていない服装、それを思い浮かべ、カルダはぶるりと震えて窓を開けることにした。
かつん、かつん、カーテンを開けて見えるのは、夜にやってきて子供を攫う怪物などではなく、やっと気が付いてもらえたことへのぱぁっ、と咲く笑顔。そして何時も通りの申し訳程度の布の服どころかその申し訳程度のものすら取り去ったいっそ清々しいパンツ一丁。
見れば見るほど寒い、カルダは近くにあった借り物の上着を羽織り、窓を開け放った。びゅう、と羽ばたきと共に冷たい風が一気に吹き込む、凍えるようなそれにカルダは目を細め、もし寒がるならバルベルに渡そうかと思っていた上着の襟を押える。
予測していたとはいえ冷たすぎる風に眼を瞑ると、不思議なことに次の瞬間カルダの体は風に当たることがなくなり、何かふにふにぽよぽよとした物に包まれていた。
「カルダちゃんっ、うふふー…ベルお姉さん便よー♪」
目の前が青い。ふにふに、ぽよぽよ、大きな胸は人のものよりも体温が幾分か低かったが、カルダの体を包むのには申し分なく、苦しいほど。もごもごと顔を動かして、今度はカルダがくぐもった声で何かを、バルベルのことを呼んだ気がするが、乳圧でとても言葉にならない。
好きなだけすりすり子供の温かさを堪能したバルベルは、暫く経ってやっと窓が開けっ放しだったことに気が付き、酸欠でふらふらする少女を解放した。羽をしまいながら窓を閉める。尻尾が彼女の機嫌を示すよう、楽しげにダンスを踊っていて、くるぅり回れ右したバルベルは自分のパンツに手を突っ込む。そしてごそごそと。カルダはとりあえず、気を使って目を閉じようとした。
ごそごそごそごそ、パンツから取り出されたのは上着に縫い付けてあったものそっくりのカード。頬に硬い物が当たって、カルダはそれを手を伸ばして受け取る。それは生暖かい。お姉さん便、つまりこれは手紙? バルベルは速達だと笑う。
「お姉さん?」
「だって、今日貴女ってばお誕生日らしいじゃないv」
開けばハッピーバースデーの歌を歌うカードに、様々な字で書かれて寄せ書きのようになったバースデーカード『カルダちゃん11歳のお誕生日おめでとう!!』と、続いてバルベルはしゃがみこみカルダをふんわり抱き締める。さっきのは自分でもやりすぎたらしい。
確かに今日はカルダの誕生日、目が覚める前、眠りに付く前は彼女とレイアとルーク、家族三人で誕生日を祝っていた。未だに眠ったままのレイアのことを言うとバルベルは、カルダも知ってるピンク色のもふもふがカルダの誕生会の料理に一服盛って、朝までぐっすりといくようにしてしまったのだとか。全力で犯罪である。
ピンク色のもふもふにカルダは心当たりがある、寂しげな人形の部屋にいた、人間じゃないみたいな人間。それが今日この家にいた? 来たという話は聞いていない、困惑の表情を浮かべるカルダを諭すようにバルベルは、あの子は恥ずかしがり屋だからこっそり来て、あたしがこっそり会えるようにしたのよ、と太陽の色の髪を撫でた。
本当に家人達全員が気が付かないよう隠密に侵入して、もし盛られたものが毒だったらと考えるとぞっとする話だが、今カルダが眉を下げるのは、折角来てくれたのにメティくんの紹介も一緒にお祝いも出来なかったこと。下がり眉に青い指を当て、バルベルはぐにぐにとカルダの眉を釣ろうとする。
「ごめんね、本当はあたしも一緒にお祝いしたかったんだけど、うちでもパーティーがあったから」
「……パーティー。すっごく素敵、なにのパーティーだったの?」
「そんなの決まってるじゃない、カルダちゃんの誕生パーティーよ!v」
突然予想もしていなかったことを言われ、眼を白黒させるカルダに、バルベルはウインクを投げ掛けた。すっくと立ち上がり、またパンツをごそごそごそごそ、別にかなり前に兄貴分であるコルヴェットの部屋でちらりと見てしまったえっちい展開ではないと知りつつ、カルダはやっぱり目を逸らす。日を跨ぐ前にね、と、こげ茶色の眼が向いた方にある時計は、もう日を跨ごうとしていた。
手渡された物は少し硬めの紙にボールペン、クレヨン、マジック、と統一性無い筆でこれまた統一性無い文体、具体的には何処の書道家かと疑う程達筆な『い』の後に蚯蚓がサンバを踊ったような字で書かれた『つ』、という、明らかに何人もの手で書かれた『いつでもすきなときおたんじょうびぱーてぃーするけん』、クレヨンで書かれた花で縁取られたそれには、カルダの笑顔が描かれている。
一度会ったら友達で、二度会ったら兄弟。そんなあの家の子供達はカルダの誕生日と聞いて何もしない訳が無く、最初はカルダをもう一度屋敷に連れてくることが提案されたが、それではカルダが家族とお祝いできなくて可哀想、という訳でそこはグッと我慢をしたらしいが、離れていても祝うことだけはしたい、とパーティーをしていたのだという。
それでも、それだけでは満足出来るわけがない、ちゃんと面と向って彼女が産まれてきたことを祝いたい、考えて考え抜いた子供達の到達した答えが、これ。バースデーカードと、何時でも誕生日する券。ほんの二枚の紙を片手で持つ気になれず、両手で持ったカルダはバルベルの顔を見上げる。
「今はこれが精一杯だけど……今度来た時にちゃんと使ってあげてね。プレゼント、ちゃんと沢山用意して待ってるから……っ!」
笑顔の絵を書いた彼は大喜びするだろう、何故なら彼の書いた絵はこの瞬間の彼女の笑顔にそっくりで、それ以上に可愛らしかったのだから。バルベルはまたカルダのことをまた抱き締め、ちゅ、ちゅ、と左右の頬に一回ずつキスをした。カルダもまた、バルベルの頬にちゅ、と一度。
その時、遠く夜を疾って、「カルダちゃん、11歳の誕生日おめでとう」「産まれてきてくれて、ありがとう。」そう、友達の声が聞こえた気がして、彼女はふと顔を上げた。幻聴なんかじゃない。あれは、確かに。カルダは手元で銀の色鉛筆で書かれた文字を人差し指でなぞる。離れた場所、自分は知らず知らず沢山の友達を持って、産まれてきたことを自分が知る以上に祝われていたのだと、カルダは遠い友達のことを思いながら深く頷いた後、もぞもぞバルベルの腕から身を乗り出して、窓に一つ投げキッスをした。ちゅ、と小さな音が響く。
「うんっ……!」
届けば良い。
もしも、届いていないなら何度でも、『みんなも産まれてきてくれてありがとう』そう伝わるまで、何度でもしよう。カルダは友達の思いが遠く夜を疾って来たよう、自分の思いも蝙蝠の羽が生えて銀色に輝き、自由迅速に月光の下を疾ってゆく。そんな気がした。
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