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カルダちゃんとピンク色のもふもふ [小説]






目が覚めた時、彼は眠りに付く前より息苦しいことに気が付き、またか、と溜息を吐いた。また勝手に毛がびよびよ伸びている、頭の先から足の裏まで。ただ、顔は半分無事なのが救いか。暗い視界から木漏れ日のように覗く光を見ながら、天窓から日が入るということは今は昼頃か、と目を細め、このまま昼寝の続きをしようと彼は目を閉じようと……して足音に気が付く。小さな裸足の足音。子供の物らしく、自分はどうやらその音で起きたらしい。少し考えて、折角来客が来たのだから、やっぱり彼は目を覚ますことにした。来客が来たのなら、相応におもてなしをしなければならない。相応に。


死んだフリ


その部屋は沢山のぬいぐるみに埋もれていた、大きい物、小さい物、人の形の物、動物の形をした物、高い天井に目を丸くしながら、カルダはふかふかの絨毯の上を進む。裸足の脚が埋まってしまうほどの毛足は文字通りに空の色をしていて、雲を表しているらしい白い渦が人形とクッションの間から覗いている。天井には太陽と月の絵が、天窓になっているらしい部分からは本物の太陽の光が入ってきていて、とりあえず……扉を開けたら異世界でした、ということではないのだと、ライオンの脚に躓きながらカルダはきゃっ、と小さく悲鳴を上げた。
読書の最中だったとはいえ、ターッチ、カルダちゃんが鬼、などと言われてば、余程虫の居所が悪いか没頭しているかしなければ、断る気にならないのが子供のサガ。カルダはその後者、没頭する類の性質を持ってはいたが、その時ほんの読み始めだったことも相まって、半ば強引に押し付けられかけた鬼を引き受けてしまった。もふもふ、絨毯の上で手足を動かしてみると、これまた子供のサガを刺激するようななんとも言えず心地良い、微かに花の匂いが混じる柔らかい感触が彼女の体半分を包む。このままでは眠ってしまう、カルダは思い切り腕を突いて、なんとか睡魔を断ち切る。
此処は自分のような子供部屋なのだろうか、寝転がった形から座る形に変わって、天井で優しい微笑みを浮かべた太陽の模様を見上げた。周りを見回す、うず高く積まれたたくさんの形、この屋敷にあるものは人の迷惑にならないことを考えた上で使うなら大体好きにして良い、そう彼女は家人達が言っていたのを思い出し、カルダは言葉に甘えてカルダ転ばせた事件の容疑者であるライオンを手に取って見る。鮮やかな色の青いガラス球の目に、皮の肉球の付いたぬいぐるみは、がおお、とでも吼えるように口を大きく開けており、小さな牙は本物の獣の牙を加工して作った物らしかった。
少し視線をずらす、ライオンの下にあったりは大きな白いキリンのぬいぐるみ、カルダは同年代の子よりも小さいが、ひょっとしたら今から一、二歳これからカルダが成長したとして、それでも追いつけないのではないか、という程大きな大きなぬいぐるみ。カルダはそっとライオンを置いて、白い毛並みを触り、家に置いてきてしまった「メティくん」を思い出す。白いクマのぬいぐるみで、彼女の一番のお気に入りだ。首を辿って金色のボタンの目を覗き込むと、新品のようにぴかぴかのそれには不思議そうな顔をした自分の顔が映っていて、こげ茶色の瞳がクッションの山を見る。
この部屋はこんなにも物で溢れているのだから。特に、この中なら見つけ難く、見つかりそうになったら直ぐに逃げられる。この中に誰か隠れているのではないだろうか。そう考えて、山の間から脚を放り出したそれを引っ張り出してみると、それは人懐こそうな笑顔の黒いクマのぬいぐるみ、何故かカルダにはこのぬいぐるみが寂しそうに見えて。脇に下ろして、市松模様のクッションを退かす、投げても良かったが流石に人の物を乱暴に扱う気になれず、花模様のものと一緒に除ける。二人手を繋いだピエロのぬいぐるみが笑っていた。
やっぱり、ぬいぐるみ達はみんな寂しそうだ、新しく掘り起こしたぺったんこの馬をカルダは抱いてみる。普段メティくんを抱いている時、こんな風に胸に穴が開いたような気分になったことがあっただろうか、まるで自分までその人形の一つになってしまったかのような。ぶるり、と途端に怖くなって、早くこの場から離れなければ取り返しが付かないことになってしまう気がして、急いで腕を抜こうとした時、何か柔らかく、人肌に温かいものが指先に当たったのに気が付く。恐る恐る、周りを崩して当たった物を確認してみると、それは正に濃いピンク色の毛玉。
大きさはカルダの身長と大して変わりは無い、それには顔らしいものが長すぎる毛に埋まり、ギリギリ手足が付いていることが確認出来る程度で、何のぬいぐるみなのかも解らない。長い毛に指を絡めてみる、ふわふわ、人工繊維から遠い生き物の温かさと柔らかさ、ふかふか、人肌、ということはこの部屋の持ち主はついさっきまで此処に居たのだろう。カルダは一刻も早くこの部屋から出て行きたかったが、それを止めることにした。それに寄り掛かる、柔らかくて温かい芯があって、そこから電気毛布やそういった物からは伝わらない、ぬくぬくじわりと染みるような、生き物の匂いがして、それが先程までのカルダの怯えを優しく拭う。
深い毛足に山吹色のニットワンピースを着た肩が埋まり、疲れた体にまたじわじわと睡魔が這い寄る、そう、山崩しで疲れたから一休みしよう……だから一休みでお昼寝という訳にはいかない、ぼんやり落ちそうになった瞼を起こす為に頬をぺち、と叩く。ひろん、と頭らしい部分から出た毛の塊を手に取って、撫でた。寂しげな人形達、そんな中で自分をこうして慰めてくれたぬいぐるみ、寂しいのなら簡単なこと。自分が友達になってあげよう。もふもふ、ふかふか、綿花の弾けた実のような感触に、カルダはなんだか嬉しくなってきて振り返り、胴体と思わしき部分に顔を埋めた。
そうだ、メティくんも一緒なら、お友達は自分も入れて二人になる。今度連れてきてあげよう。ぬくい、ふわふわ、ふかふか、花の匂い、沈丁花の花の。甘い匂いを胸いっぱいに吸って、勢いよく顔を上げるとまた香りが漂う。どうやら、部屋の香りはこのぬいぐるみから漂っているらしい、そういえば、お腹にポプリを入れたり出来るぬいぐるみをカルダは見たことがある。あの時ショーウインドウで見た、ピンク色の狐のぬいぐるみ、綺麗な明るい紫色のボタンの目が付いていて、少しだけ欲しかったが我慢して本を買った。
色鮮やかな挿絵の入った世界の童話が沢山載った本、それを買った翌日、売れてしまったのかショーウインドウにピンクの影は無く、我慢をしたのは自分だったというのに、カルダはなんだか悲しくなったことを覚えている。なんだか、あの時のぬいぐるみに再び出会えた気がして、カルダは撫でていたピンクを辿り、毛に埋まっている顔を掘り起こしてみることにした。明るい紫の瞳をしているとは実はそこまで期待していない、ただ、そうだったら良いな、と前に読んだ本のことを思い出して考える。手に伝わる感触は繊細で、千切ってしまわないよう気を付けながら、離れ離れになっていた友達がもう一度出会い、沢山話をする物語を思い浮かべて掘り進む。
「…………」
「…………」
埋まっていたのは褐色の肌をした生首。
ぱっちりと開き、此方を何も語らず静かに見詰める眼は、ボタンなんかじゃないが思い出に似た明るい紫色。カルダは声無く驚いた。
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