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SSS:言い回しがこってり油っこくて芝居掛かってる上に中身スカスカで聞くに堪えないけど純粋 [小説]

百万に一に誓い

登場人物:おじさん 兄

(そし誰名物:こってりとした長台詞)
(言ってる事はシンプル且つ、臭いよ)
(消えてしまったことを覚えていられる?)









百万に一に誓い



足の爪を切ってくれ。敷かれた新聞紙。やたらめったらひょろ長い足は俺の前に投げ出され、これまた脚のにしては長い指がわきわき、と握ったり閉じたり悪戯に動いている。またか、この腕が不自由な蝙蝠男は時々こうして俺に足の爪を切れと言う。別に腕が不自由だからではない、スプーンもナイフも持てるなら、似た様な作りの爪切りだって当然持てる。様は俺に何かさせる事が、何でもいいから働かせる事が、愉快痛快で堪らないらしいのだ。
こいつ等の趣味は良く解らない、俺は他人が俺の為に働けば感謝はするつもりだが、それから先の延長線の感情を持ち合わせたことが無い。まあ、理解しなくても今日までやってこれた、これから先もそうして行くのだろう。太陽の光に一度も触れたことが無い様な色をした指には、普段は短く仕舞われている、一切の血の気が失せた色味をした鋭く尖った爪が並んでいる。手に気を付けて切らなければ、爪の代わりに俺の指が無くなるという訳だ、割に合わない。
命じた蝙蝠男は、これまた異様に長い皮膜に覆われた腕を俺に差し向けて爪切りを渡すと、細い指を組んで頤を乗せ空中に頬杖を突く格好になった。足の指がぐわっ、と大きく開かれ、俺を見る視線が急かしている様に見える。良く輝く左右違う色をした目は美しいと思いはするが、それにしては感情で喧しい。それがこいつの美徳ではあると思うのだが。俺に乗り上げた足が痺れをきらせて好き勝手な方向に行かない内、早く済ませてしまうか。
可愛らしいボーリングのピンの形が背に張り付いた無骨な鉄だらけの爪切り、何か拘りでもあるのか、俺に爪を切らせる時は何時もこいつはこれを渡す。その理由は簡単だ、最近市販されている所々プラスティックになった爪切りでは脆く、こいつ等の爪を切る事が難しいのだ。腹から肉が失せて骨の感触が強い親指、厚みはあるが指に合わせて細い爪に爪切りを喰わせると、一気に大きく切る。バツッ、という固い感触と共になだらかな三角だった爪先が四角く変わる。
一気に切ろうとした為、所々薄皮が浮いてしまった端の部分を形を整える様に小さく切り、後は細かい角が残るだけにする。こういった部分は鑢の十八番。ちら、と蝙蝠男の顔を目線だけで見てみると、人を使っているというのに何やら物憂げな表情をして、頬杖を深くしている。次は人差し指、若干腹の広いそれもまた四角くして徐々に角を取っていくのだが、一度深く切った時に仕損じて切りきれなかった。二度刃を入れたが、どうしても白くささくれた部分が出てしまう。これもまた鑢。
指から若干浮いてしまう程に伸びた中指、これは一息で切ろうとすると爪が剥れそうなので、浮いた部分から徐々に丸くした。蝙蝠男の溜息、長く伸びる欠伸に似た息に頭を上げる、気にするな、と野良犬を払うかの様に手を振られる。また憂鬱な溜息、これで何を悩んでいるのかを聞けば「自分が美しすぎて怖い」とか答えられるのだろう。気取った頬杖は今は崩れて、皮膜にみっしり生えた短い毛に絡まってしまったゴミを取る作業に忙しいらしく、物憂げな目は俺ではなく自身の腕に向けられていた。

「嗚呼、この瞬間に君に関する記憶の全てを失いたい」

……この展開は珍しい。俺は何かこいつの琴線に触れる様な事をやらかしただろうか、そういえば爪は鑢で削って短くした方が良いと他でもない、こいつ自身に『知らぬ者を哀れむ目』で見られながら得々と語られた事を覚えている。まさかそれか? そんな、ご冗談を。またいかにも気だるげな溜息、自分の肩を両手を十字に組む様にして掴むと、また「嗚呼」と一声鳴いて体をくねらせた。芝居掛かった奇行、薬指もまた爪が浮いてしまっているので、中指と同じ様に切る。若干厚い。
皮膜を閉じて普通の人間と同じ程度の太さになっていた腕が肩から離れる、バッ、とマントを翻す代わりに皮膜が空気を含み、一気に羽の形になる。「何、一度見た本を記憶を消してまた読みたいと思う精神なのだ、気にするな」勘違いを解こうとするかのように首を軽く振って、髪と同じ橙色の眉と睫毛が下がった。この場合は俺が本扱いされている事を呆れるべきか、それとも、繰り返し読みたいと思うまでの愛読を感謝すべきか。飽きられたら終了なのは、雑誌と俺の共通点。ただ違うのは、雑誌はライターが切磋琢磨しているが、俺は何もしていない。

「そう……きっと突然記憶の消えた余は、先ず最初にその優れた察知能力によって最も危惧されるべき出来事を瞬時の理解し、自分の足の爪を切る男の正体が脳に無い事を悟るのだ。どれだけ己の記憶を弄ってもたった一人の人間の記憶が無く、今正に切り取られる己の刃の有り様を見て、残るもう片方の刃によって正体不明の柔らかな首を両断し、噴水か間欠泉の様に立ち踊るであろう血液を喉を潤す糧にする事によって正体を理解されない哀れな男を救済してしまおうかと考えた。嗚呼、誇り高く、怠惰に投げ出された足の爪は片方がすでに安全なる肉に変えられ、その男は何者よりも脆弱な食料たる人間だというのに、寄りにも寄って……数千年を経て生み出す事が出来た物といえば無意味な文明のみ、それもただ目的も無く誇張させる事のみに目的を見出そうとした盲目の羊達の群れ。そんな人間の男に自分自身が興味を、嗚呼! それは幾星霜の万物に刻まれし強烈なデジャビュ!! 余は全てを彼方に追いやろうとも自らを愛す、そして君もまた余の興味を引き、余を愛する! 嗚呼! あああ……その感情の正体、それを理解出来ない余はその感情を湧かせるたった一人の男を食する事を取り止め、その正体が何者なのか等という三葉虫にも満たない疑念を羽化を迎えた蛹の如く脱ぎ去り、更にはその男との対談への期待に胸を膨らませる。まるで穢れ無き乙女の様に初心な、そして崇高で、接吻の如く甘く語り合う事を祈のだ。仲違いをして他人を傷付けあう事も無い……嗚呼、何故なら互いの感情こそが互いの胸の内の錠であり、かぎであり、代わり等無い純粋な定めなのだからっ! 世界には多量の血が流され、その血液は深遠たる者である余の糧ではあるが、その命によって血塗られた世界すらその赤黒いてらてらとグロテスクに輝く色味を祝福の……

「忘れちまうと覚えてる俺が寂しいぞ」
「え、本当? 寂しくなる?」

首を縦に振って肯定する。あれだけの電波文を聞かされて頭が痛くならない俺も俺だが、よくまああそこまで噛まずに言える、人間やってたらニュースキャスターが適任か。キラキラ星が飛ぶ様な目がある顔は今高潮して赤い、頬を冷やす何かをくれてやりたい所なのだが、生憎俺は小指の相手で忙しいのだ。最も薄そうで柔らかい小指は何故か爪がとても深く、俺なら深爪してしまう程に深く切り入れないとちゃんと切れない。この爪だけ他の白い爪ではなく血の通った色をしていて、小さいそれは桜貝の様に見える。口に出したら電波作文の餌食なので口が裂けても言わない。
ぴしゃっ、蝙蝠男が自分で大絶賛する自分の顔を打つ。そんな小さな手で打っても大して効果は無いんじゃなかろうか、ぴしゃっ、ぴしゃっ、と更に二回顔を打つが、顔の赤みは叩いた赤みではない気がするのは、俺の自惚れだろうか。今この時、俺は先程まで宇宙からの何かを受信していたこいつがある程度可愛く見える。ある程度だが、少なくとも手の中の爪切りよりは可愛らしい。俺も大分電波に頭を焼かれただろうか、例えそうだとしても大して気にならないが。

「百万回人生やり直さないといけなくなったなら、百万一回、君に添うよ」

飾り気無くはにかんで笑うその顔は、爪切り所かそもそも釣り合いになる物が無くて天秤に乗らない。例えそれが百万一回でも、百万二回でも、俺はそう思うだろう。
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