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いいじゃないのよ [小説]

なまぬるいぐらいが丁度良い

登場人物:おじさん 無誇示の頤 +α

(ぶに)
(ほっぺに難)
(あんま温くても風邪ひくけどね)








なまぬるいぐらいが丁度良い


しっとり朝露に濡れた空気、薄く膜の様に張った霧に阻まれて僅かしか届いていない太陽、高い音で囀り合う雀の鳴き声。どうやらあまりにも早く起きすぎたらしい、目を明けた直後から完全に覚醒していた体を使って布団から半身を乗り出し、人の気配を探っても、辺りに感じるのは漠然とした寝静まった静けさのみ。
早く起きすぎた、それも多分、この家の中で最も早く。昨日当番だった同居人の不手際だろう、僅かな隙間を残して閉じられた雨戸から薄明るい光が漏れているのを見て、今が朝と夜の中間に位置する時間帯なのだと察する。喉奥から空気が湧き上がってくる、大欠伸、それを境に完全覚醒していたと思っていた体から僅かにこびり付いた眠気が剥がれ落ち、俺は目覚めた。
体が眠れないのなら当然二度寝も出来ない、そういう時はさっさと布団を畳んで起きるに限る、あまりぬくぬく長居していると退屈に飲まれて眠れもしないのに睡魔だけがあるという、ロクでもない状態になってしまう。今日は夢の中でまで弄りまわされなかったからだろうか、考えたまま布団からもう半身を出して布団から出る。体温で温められていた範囲から足が出ると体が震えた、肌寒さは雨上がりだからだけではないだろう、もう十月だ。
散乱した布団を見て思い出す、そういえば布団カバーを洗濯機に入れておいてくれと言われていた、掛け布団と敷布団からカバーとシーツを剥ぐ。一息に抜いてしまえると思った敷布団のシーツがどうも剥ぎ難いのでよく見てみると、眠っている途中に好き勝手な有り様にならない様、端全てにゴムが仕込んであった。なるほど、これは敷布団もカバーだ。誰でも当たり前に考える事を形にした最初の一人に感謝しつつ、端を捲って白い布の塊二つ。
こっちの、丸裸になった布団はその内誰かが取りに来るだろう、邪魔にならない様に畳んで部屋の端に置く。カバーは別に洗濯場まで持っていってくれとは言われていなかったが、ここまでやったなら物はついで、更についでで押入れの中に入れっ放しにした座布団も洗うか。とりあえず、俺は防腐剤を入れた覚えが無い、黴臭くなってからでは遅いだろう。
持ち上げて洗濯場まで持って行こうとしたカバーを手放して、押入れの方へと歩く、確か三枚程入っていて好き使えと言われたのだが、二枚に盗聴器と米粒カメラが仕込まれていた事が判明して以来使っていない。押入れの目の前に立って始めて自分が電気を点け忘れていたのを思い出し、内心舌打ちをする。部屋の中は夕方より大目傾いた空と同じ程度に暗く、更に奥まって暗くなった押入れの中、群青色のそれを周りを荒らさずに引き出せるかが気になった。

「おはようなのです!」「でーす」

朝から良い返事……いやいやいやいやいや、何でお前が押入れの中は入っている。思わず驚いた俺は、つい反射的に一度押し入れの襖を閉めてしまった。朝日の様な満面の笑顔を向けられていたのは一瞬、その朝日が同居人の一人だった事を思い出してもう一度襖を開けると、見るからに不機嫌そうな顔をした朝日が子供にしては鋭い目が俺を睨んだ。悪かったって、そんな口で「ぷんぷん」とか言わないでくれよ。
細い懐中電灯の灯りが押入れの中を照らしている、こいつ等また探検ごっこでもしていたのか、同じ様にごっちゃに押し込められた饅頭やらポテトチップスやら菓子類が語る理由を理解しながら、たまたま目が合った蕩けるアルカイックスマイルを見なかった事にした。俺の謝罪で機嫌を直してくれた少女は、「一緒に如何ですかー?」と、俺を秘密基地ごっこに誘い、自分の座っていた場所を詰める。いや、俺が入ったらお前等が入れなくなるから。
邪魔をしてしまったなら座布団だけ取って退散しよう、だが、群青色の座布団らしい物はもちもちとした獣の太腿の下敷きになっていた。……もうこの際陰干しでいいか、こいつから座布団を譲歩してもらう程の事でも無い、こいつ等がこうして遊んでいる様に俺が座布団を洗う気になったのも、大味に言うならただの気紛れだ。普段くっついて回る少女の語尾がこんな時に気に入ったか、そいつは何時もの何ともいえない笑い顔で尻尾をゆるりと動かし「です、です」と繰り返す。
さて、押入れに用事がなくなって襖を閉めて良いかを聞く、目付きの鋭い少女の目はこんなに薄暗いというのにギラギラとそれその物が光っている様だ。女座りを崩した様な座り方をしていた少女は、座り方の崩れを直して俺を手招きする。いやだから、入れないから。期待した様にふさふさの尻尾が控えめに揺れて、楽しいですよ?、そう半分は何故直ぐに来てくれないのだろうかを疑問に思う様に笑いかけてきた。
こんな彼女に理由も言わずに襖を閉めてしまうのは良心が痛む、目で山になったカバーの方を見る。俺から目を逸らされてまたいっしゅん、むっ、とした風だった彼女だが、俺が何を見ているのかを察すると大人ぶっているのか、顎に手を当てて「むー」と、唸って頷く。子供というのは融通利かない時も多いが、機嫌が良い時は素直なのが助かる。ごめんな、ニションに結われた髪に手を乗せる。

「平和ですねー」
「お前達には少し退屈なんじゃないか?」

少女が嬉しさを表現する言葉にしては少々似合わないそれに思わず笑いが出そうになって、それに気が付いたらしい彼女は、俺の笑いそうな口元に手を伸ばす。ジャッ、という刃物同士が擦れる様な音と共に爪短くなった、え? 頬を引っ張られた、痛い。更にその頬を上へ下へと動かされて、ぐりぐりと弄られる。痛い。昨日もされた気がするが、様々な方向に動かされるだけあって痛い。
やっと満足したくれたか乱暴に弾いて頬が放される「おヒゲ、剃り残しあるですよ」左頬をちょんちょんと指されて自分の頬を触る、確かに。、この今朝にするべき事が増えたということか。ざり、とした頬にまた手を出した少女は、たまにはおヒゲも悪く無い、等と言っているが、俺はどうも髭が似合わないのでカバーを置いたら早く剃りに行こう。
髭を触るのを止めた彼女は、向かいに座るアルカイックスマイルの頬を引っ張って無理矢理撫でるスペースを作ると、なでなでと満足げに撫でた。突然頬を引っ張られて無理矢理崩された何ともいえない笑みに、目だけを此方に向ける。俺をそんな目で見るな、俺も似た様な目に合ったんだからお前でもなんとかなるって。太く房が先に付いた尻尾が一度持ち上げられたかと思うと、ぼとん、という重い音を立てて落ちる。
また頬を開放した少女はまた朝日の様な笑顔を取り戻して、俺の腹の辺りを押す「ご用時があるなら善は急げですよ!」言われなくてもね少女からの後押しもあって本格的に此処に居る用も無くなった俺は何時の間にか、今度こそこの場所から立ち去る事になった。仕方が無い、急かされるなら行くか。
押入れを閉じようとすると、引き戸に掛けた手をやんわりと外されて、少女は懐中電灯の灯りを消した。ぼんやりと明るさを保っていた辺りが、何だか一気に暗くなる。「おーい、おーい、おーい」至近距離から呼び止められて振り向こうとした時、またジャッ、という音がして音を立てた物が俺の肩の上でした。ちょっとまて、爪が、刺さる。

「平和な事は良い事なのですよ、だって平和って、良い事を指す言葉でしょう?」

ぶに、俺の頬にめり込んでいたのは鋭い爪ではなく、少女の細く小さな指。「足の爪も出来るんですよ」と、朝日は笑った。
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