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秋だしSSS:今年の十五夜は十月三日です。 [小説]

秋だしSSS
月喰の夜

登場人物:おじさん ??? 真実の子 aaaaa

花度:★★★☆☆
(月蝕って案外こんな風に出来てるのかもね)







月喰の夜



ひゅるり、ひゅるん、ひゅるひゅる、そんな音を立てて中に浮ぶ二人の幽霊の様な物は、月に向って手を伸ばして飛ぼうとしては、まるで何かに遮られるように徐々に地面に向って高度が落ち、最後は地面に足を付けてまた飛ぶ、という事を繰り返していた。夏が終わって蝉の鳴き声のけたたましさから開放されたと思えば、秋の夜長に鳴く虫の大合唱、此方には風情があると言えなくも無いが五月蝿い。
何でも今年の月見は十月らしく、今月はススキを飾るだけで我慢しろとの事で、俺は今暇潰しがてらに縁側で欠けた月を見ている。白黒の長い髪が空に落ちる様に空気に揺らぐ、腕の無い幽霊の無い腕が月に向って伸ばされる、何時になったら諦めるかは解らないが、半分でも三日月でもない半端な月見をしている身としては、何故か妙にしっくり来る奇妙さではあった。夜風が心成しか甘い、俺が見えていないだけで裏に見える山には、秋の実りが溢れているのだろう。
月見酒も、月見団子も無い、これも十月までお預けだ。居間に置いてあったススキの花瓶とスポーツドリンクを持って来たのて、自分の隣に置いてそれらしい気分になってみる。半月を眺める人間も少ないが、こんなに半端な月では眺める人間等居ないだろう、満月や月蝕ですら眺めない人間は大勢いるのだから。最初は空に浮んではゆっくり落ちるを繰り返していたそいつ等は、空を飛ぶのが面倒臭くなったのか、地面に足をつけてぴょこぴょこ跳ぶだけになった。蛙の声、これはウシガエルか。
好き勝手に行われる奇行を止める気にはなれないが、一応はお前達、お前だけの体じゃないんだからな? そう思った矢先に腕の無い幽霊の体が手前につんのめって倒れそうになる、俺は突然の事態に立ち上がってそれを受け止めに行こうと反射を起こしたが、顔の無い幽霊は何事も無かったかのように空中で静止した。もう立ち上がったついでに、危ないからそういう事は止める様に言う、白装束を翻して此方を向いた三つ目が何か言いたげに手を伸ばす。空中で静止した方も体制を戻して、それに準じた。
何をやっているんだか知らないが、もっと体を大切にしろ。片や無表情、片や表情すら無いに等しいが、俺に叱られた事は理解してくれたらしく、しゅんと頭を下げて俺から目線を逸らす。そんな顔をされると、俺が何か悪い事をしたみたいじゃないか……顔の無い幽霊は、名残惜しげに半端な月に腕だった部分を伸ばす。その腕だった場所を掴む、滲む血の粘着質な感触が、大人しく俺と月見をさせる事にする。足音が四つ、一組足りない……白黒が俺に向って手を伸ばしていた。解った解った、両手に花、ってか?
縁側で板の間が軋む音がして目を向けると、着物の似合わない配色の子供が居た。フリルとリボンに覆われた日本文化と西洋文化を掛け合わせた全く新しい和服……こんな物をつい百年前の人間に見せたら、軽く呪い殺されるだろう。丈が太腿半ばしかないピンクそれを、裾から足がこぼれるのも気にせずにそいつはやってきて、両腕を組む。下駄もレースに装飾品だらけ、あまりの装飾に下駄特有の足音も聞こえない。歩き難いのではないだろうか。

「なんかその子達、月が欲しいらしいのよ」

縁側に戻ろうとしている最中に俺に用事のある縁側から来た誰かが、構わずに戻ろうとすると相手は俺の前に脚を進める、迂回して進もうとするとまた寄って来る。どうやら俺は行く先を遮られているらしい、両手で握った二人の手はかなり冷たくて、片方は手の平に収まらない程のぬめりが溜まってしまった。手を放してぬめりを払おうとすると、赤いそれは確かに感触がある筈なのに無く、俺の手の平は俺の肌の色のままだった。ああ悪かった、そんな此の世の終わりみたいな顔をするな。またぬめりを握る。
月が欲しいとは、何かデジャビュを感じるな、去年も似たようなことをした覚えがある気が。こんなに半端な月なら誰も欲しがりはしないだろう、とか考えたのだろうか、いや、本当に月が欲しいならこいつ等なら他人の迷惑なんて顧みないだろうな。手を伸ばしても届く訳が無いというのに、それどころか月が近くなる事も無いというのに。というより、あんな物を手に入れてなにをする気なんだろうか。答えは直ぐに出た。
呆れた様な溜息を吐いて、「決まってるじゃない、食べるのよ」して、意味は「体に良さそうだからじゃない?」なるほど。そうなのかを聞いてみる、二人とも俺の顔を見て静かにしているだけで何も答えはしないが、否定の意思を見せる様子も無いのでそうなのだろう。何と無くで一々食われて月も大変だろうな、顔の無い幽霊はまだ諦める気になれないらしい。空を見上げると丁度雲もきれて、半端なつきが黄色を濃くしたような色で輝いている。
また此の世の終わりの様な顔をされても困る、今度は白黒の方の手を放して、俺を遮るそいつの腰を掴んで持ち上げる。きゃっ、だかという悲鳴が上がった割りには抵抗が無い、そのまま縁側に連れて行い下ろした。その拍子に花瓶が倒れた、水は入っていないので放っておく。……白黒も自力でやってくればいいのに、足に根が生えた様にがんとして動かないので、もう一度迎えに行った。月を食べたいだなんて、月見団子もまた月を模しているらしいのでこいつ等だけが特別という訳では無いが、月に向って飛び跳ねて月を捕まえようとした奴も珍しいだろう。握った黒い手は柔らかい。
縁側に俺を含めて四人、俺の背中に乗るような形を作ったそいつに両手で椀の形を作る様に言うと、その作られた椀の中に横倒しになっていたスポーツドリンクを入れた。俺は月なんて何で食べたいのかは知らないが、そんな体でこれ以上の奇行を働かれないようにはしておきたい。手の中の椀に映る半端な月、ゆらゆら、顎でしゃくって飲むように言うと、白黒がんくんくとそれを飲む。無表情が一瞬晴れた気がした。空になった湿った椀にもう一杯、腕の無い幽霊は顔を近づけてちゅうちゅう月を飲む。

「酷いわっ、勝手にアタシの月を食べさせるなんて」

……ああ、確か去年そんな事を言った覚えがあった、こいつに何か言われて俺はこいつに月をくれてやる、そう言ったのだった。普段から癇癪持ちのこいつなのだから、また癇癪の一つでも起こしかねない、そう思っていたが「折角アナタがくれた月……大切にしてたのに」少しだけ俯いて眉を下げて、そいつは減ってしまった月を悲しんでいた。服の裾を掴まれたので何事かと思えば、白黒がまた容赦無くこいつの月を減らそうとしている。空気読め。
白黒の手にスポーツドリンクのペットボトルを渡して、俺も手で椀を作った。少し生ぬるくなった液体が手の中に注がれて、瞬間的に俺の体温を下げる。そんなに悲しがるのなら、「俺の月を分けてやる」面食らった様な顔、戸惑うような様子は直ぐに形を潜めた。先程まで同じ様に注ぎ込まれて他人に飲まれていたというのに、らしくなく抵抗もしなかったそいつは、俺の手の中で揺れている月に口を着けた。ごく、ごく。手の平に舌の感触がして、そいつが顔を離す。

「そうね、月って何処へ行っても、何処から見ても、何処でも付いて来るんだったわね」

足りない分はもう一杯、白黒はまた結露だらけになったペットボトルを傾けて、俺の手を冷やす。同じ様に湿った手を添えて、そいつは二杯目を飲み始める。倒れたまま放置されたススキが花瓶から零れて、さやさやと秋風に揺れた。下ろされないままだった風鈴が、ちりん、と音を立てる。
その一杯が飲み終わった後、空気の読めない顔の無い幽霊が三杯目を飲んだ。
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