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SSS:やさしくしてやってくださいな [小説]

ひとのかたち、はなのかたち

登場人物:おじさん 虚の者

花度:★★★☆☆
(微妙にショッキング?)
(予行練習)








ひとのかたち、はなのかたち



曼珠沙華、またの名を彼岸花、まるで透かし彫りか何か作り物の様な外観や、彼岸に咲く花としての儚げなイメージで知らない人間がいない程の花だがその実体は、土に栄養のある場所なら何処にでも咲ける上、球根を分けて増える為に田んぼの畦に密集して咲いていたりする、電信柱の裏にどわどわ枯れ草の様な葉を伸ばす逞しい花だ。その度に地域住民が八方発破する除草剤の魔の手に何度も曝されるのだが、非常に逞しい事に秋には何事も無く花が咲く、ある意味二つ名の幽霊花は本当か。
今日俺が植物観賞をここまで真剣にしている理由は、秋だからとか、脳が溶ける程に暇だからとか、そんなんではない、ゆらゆら灯篭にも似たそれがみっしりと一体を埋め尽くしたこの場所を見つけた時は、また同居人達の作る奇妙な世界に迷い込んでしまったのかを思わず疑ったが、これは紛れも無い現実。藪を大きく跨いだ先に、こんな場所があったとは。途中でやってしまったらしい、手の甲がひりひりと痺れる様に痛むので見てみると、じわりと血が滲んでいる。
深くは切っていないが傷口が鋭利ではない。……これは痛い筈だ、この場には消毒液も無いので服に沁みを作る前に、落ちかけた血を舐めて止めた。口の中が半端に塩辛く、えもいえない不快感が広がる。口を離して傷口を見ると、俺の体の中の色にしては可愛らしい色をした傷口がまた一線赤くなるので、また口をつける。赤い色は嫌いでは無い、だが自分の血の色を見るよりは、一部俺より背の高くなった花を愛でている方が良い。これは余程土壌が肥えていたのか、元より余の高い彼岸花は大きく育ち、藪の後ろから一段落ち窪んだこの場所でもその内藪から頭を出す奴があるのではないかと思わせた。
この場所は木陰になっていて涼しい、出来るなら夏の間にこの場所を見つけたかった気もするが、その場合は薮蚊が多くてとても涼む事が出来なかったであろう。秋は秋でこうして足の踏み場も無い。茎も立派な物だというのに、頼りなさげにゆらゆら風に吹かれる赤い花、触ったら崩れて溶けてしまいそうだ。それにしても不思議な眺め、藪一帯に雑草一つ無くこの花だけが咲いている事も不思議だが、この土には明らかに掘り起こしたらしい跡があるのだ。立ち上がっても藪が頭を隠す、花の狭い縁を回る。

「……これって、人の形してないか?」

花は丸く固まっている訳でも、だからといって乱雑して生えている訳でもないらしい、縁を辿っていてそれが解った。やっぱりこれは誰かが意図して植えたのだろうか、この花を趣向とする物好きは以外に多い、それなら土が柔らかいのも頷ける。細く纏まった縁を歩き切ると、次は丸く、また細く纏まって、次が直線、細く纏まった……人間の足程の太さに纏まった縁で、俺はこの花の纏まり方がとても和やかな物ではないことを理解した。ゆらゆら、生きることに貪欲な植物に手を伸ばして茎を触りながら、それなら栄養が良い筈だ、そう考えた。
いやいやいやいや、気の所為というのもあり得るが、あの今の俺から見て一番向こうにあるあの丸い部分を頭だとすると、丁度成人男性一人分になるのだから、とても違うとは思えない。強い繊維に守られた茎から手を放し、足は自然と後ろに進む。藪に着く筈の背中は何か柔らかい物に触った気がして、生理的に体を急いで前に引いた。僅かに間が開いた所に、マヌケな顔をしたミツバチのパペットが割り込んで、口をパクパクと動かす。そこからにゅう、と伸びた腕からは緑色の糸が幾つも伸びて、先程まで触っていた花の繊維を思わせる。
妙な方向に向けてしまった足が痛んで、バランスを崩して土に膝が着く、その拍子に割り込んでいたパペットが零れ落ちた。無感情な目に視線を合わせると、そいつは最初かに何事も無かったかの様にパペットを拾うと、ポンポン土を払って腕に嵌める。緑色にうねる人外の手、微かにぬめる光沢を持ったそれが、口を開けた布に向ってざわざわと蠢き、そして人の手の形に納まった。子供が好む形が幾度か歪んだかと思うと、キリキリという音を立てて形が元に戻り、無感情な目が此方を見る。パペットの口がパクパクと動く。
嘲る様な響きを含む筈の言葉、「この形がそんなに気になるノ? 神経質にも程があるんじゃないノ? 頭の血管、ブッチーンってなるヨ」無感情な顔から出た言葉とは思えない、俺が予測していた事をまるで読んだかの様に言うが、決して否定はしていない。ぷぷーん、口癖を止めるとパペットの動きが止み、片目から咲いた花が閉じて蕾の形になる。「何時から俺を見ていた?」返答は無い、否定はしないが返答もせずにそいつも花の近くにやってくる、自分の腰程の高さの花に手を伸ばし、何をする訳でも無くその上で手をヒラヒラと動かし始める。

「ぷーんぷーん、土壌が何であれ咲く物には関係無いヨ、ただ生きているだケ」

土壌の悪い所まで全てが吸収されるなら、とうの昔に自分は死んでいる、木陰から漏れた光で金色の瞳が僅かに輝いて見える気がして覗き込むが、覗き込んだ先にはどろりと溶けて濁った中に、うねうねといやらしく繊維が蠢いていてるだけだ。生理的意味が通じるなら、今度も俺はあとずさっていたのだろうが、今度のこれは嫌だと言う余裕も無くなる程眺め続けた物なので、別に平気である。ゆっくり首を元に戻したそいつは、直接触ったら壊れちゃう、という理由から花には直接触らずに、実物はもっと脆いから、と手を丸い形にした。
ひらひら、ひらひら。何をしているのか、何でも物を優しく撫でる練習、だとか。手を軽く曲げて何か小さく丸い物を撫でる様な形を作ったまま、赤い花の上を手は往復するのだが、いかんせん手から起きる風圧で花が揺れる。それを指摘すると、それもそうかと思ったらしく手の往復するそれは徐々に優しくなった。今度は花は揺れないまま、手で作られた影と僅かな陽光の間を行ったり来たり、片目を蕾にしたそいつは不思議そうな顔で「何かが足りない気がすル」、と手を止めて、ぐりっ、と俺の方を見る。
優しくなる時って何が必要だろう、そんな事を突然言われて的確な返事が出来る人間は少ないだろう、一瞬素っ頓狂な声が出そうになったが、本人は大真面目な様子なので俺も真面目に考える。……口に出して、自分が相手に好意を持っている事を伝える、とか? 殆ど出任せだったが、そいつもまた如何したら良いか解らなかったらしい、実際に試している。「あいらぶゆウ」と、言いながら、花が揺れない程度に花の上を撫でた。もっと、話じゃなくて行動で好意を表す方法を無いのか、そうまた言われたが、俺が悩みだした横でまた「だいすキ、だいすキ」間違った事である気は無いらしい。
虫羽の耳が激しく振動して、耳に掛けていた髪が落ちたのを、そいつはうっとおしそうにまた耳に掛ける。そしてまた動く蟲羽の耳、そんなに邪魔なら切ってしまえと思うのだが、そこまでして切らないのならもう勝手にしてしまえという諦めもあって、俺はほっておくことにしていた。俺はこいつには長い髪も似合っているが、短くしても歳相応で可愛いと思うのだが。先の方が明らかに意思を持って動く髪……眼球、俺の目の前に花の咲いた眼球。「髪は切らないヨ、これからならなおさラ、雌っぽくなくなるじゃン」また耳が、指が髪を。
両目戻ったそいつは、ああそうだ、と言わんばかりに俺の手を引っ張ると、自分の撫でていた花に向って俺の腕を突き出した。「二人でやったら二倍とカ、どうして今まで気が付かなかったんだロ」俺にもやれ、と言うのかそいつは俺の手の平の上から自分の手を重ねて、先程と同じ様に動かす。「愛してるル」……無感情に見える視線が、俺の方を見ている……前にもこれに似た事があったが、何故だろう、今度は前よりも恥ずかしい。…………咲いた眼球が元の眼孔に戻る「怖がらせるからネ」独り言の様に言うと、そいつは俺の手を放し手を動かすのを止めて、じっと花を見詰めた。じっと、動かずに落ちた髪も直さずに。
気がつけば俺は、そいつの手を上から包む様に握り締めると、もう片方の手をそいつの腰に回して、俺にとっても命より大切なそれを心から慈しんで撫でる。パペットの動きは止まり、もう片方の目も閉じられて、そいつはまた静かに俺の手を受けた。
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