SSブログ

花火SSS:夏休みもお終いですがおじさんは永遠に夏休みです [小説]

花火SSS
第零次会

登場キャラ:おじさん 欺瞞の頤

う○こ度:★★★★★
(きもやか☆)
(本編はフセ字無し)
(花火が解らない人は各自勝手にググってください)








次会



頬を撫でる日陰の涼しさ、日がこんなに照るというのにこれはもう立派な秋風で、暦が秋になった事を文字通りに肌で実感する。俺にとっての暦や日付等、目で見て完全に確認するよりも、こうして体で感じる物以外に大した意味は無い。座ってボーっとする時も、水を張った桶に足を突っ込んだり、そんな事をしなくても済む様なった縁側で、夏を名残惜しむ様に風鈴が鳴っている。
四十八次会……俺がその言葉の意味を理解するまで、かなりの時間を有したが、そのまるで街角で配られるやたらファンシーな絵と日付の付いた団扇は、今夜行われるらしい家族間の花火大会のお知らせだった。態々こんな物を作ったのは、「此方の方が雰囲気が出るでしょう?」だとかで……安っぽいテカテカした団扇を扇ぐ度に、俺は涼しくなると同時に憂鬱になる。四十八次会、想像するだけで何が起こるか寒気が背を伝う、一晩で収まる訳が無いだろうが。
曰く「お庭で一番綺麗な場所なのですよ」、花火会場に指定された俺の寝室から障子と雨戸を開けただけという位置の庭、ありがたいが今は嬉しくない。素足を下ろす、足の裏に違和感を感じて自分の足を見てみると、俺は如何やら何かを履く事を忘れていたらしい、近場にあった下駄を失敬して履く。妊婦が火を見ると産まれる子に痣が出来るというが、花火は含まれるだろうか、含まれるのだったら今度のこれで痣を通り越して褐色の肌の子が産まれかねない……ただの妄想だ。
視界から外れた場所から激しく土を蹴る音がして、石楠花の藪に隠れた側を見る、左前の白装束、死装束だ。外見のそれに相対して、見えてきたそいつの足取りは慌しく、文字通りに白と黒に分かれた顔にはまるで長くの楽しみを今日決行する様な笑顔を浮かべている。刃の長い下駄が激しく土を蹴っては、白黒のやたらと長い髪が輪郭をぼかしながら揺れる。こいつは小さな事に一喜一憂と感情をよく表に出し、何時も機嫌が良いが、今度は一体何を喜んでいるのだろう。
手に一抱え持っているのは黒い塊、もとい黒い塊の山、そいつは目線で自分を追う俺の前に立つと、抱えたそれを足元に置いて礼をした。「今日という今日の為に、おれ頑張って貯めたんすよっ」、何だかよく解らないが礼を言う、貯めたというのはその足元の黒い山だろうか、そいつは誇らしげに背を反らす。近くに転がってきた物を手に取ると、それは黒く何かが圧縮された様な物で、こう見るとただの消し炭だ。また妙な物を持って来たな、その感情が顔に出ていたのかもしれない、そいつはその一つを俺から取り上げる。

「十連タコ花火っすー!」

こんな真昼間から花火大会だと? もしやこれが一次会? 「本番は別にあるんで、心配ご無用、たっぷり楽しんで欲しいっす!」……もう何も言わない事にした。どうやらこの消し炭の様な物は花火らしく、そいつは白装束の袖から取り出したチャッカマンを勿体付けるかの如くパチパチと使う、オレンジがかった火がその先に小さく点く。まだ山の様にある黒を見るが、これが炸裂する様子が全く想像が付かないのは、俺の想像力が乏しいからだとは信じたくない。
もう一度、引きから指を外して火を消したそいつが快活な笑顔を向ける、これを知らないなんて人生の7/8は無駄にしている、と。随分範囲大きいな。先程のこいつがしたお辞儀は、俺にこれを見せる為の物だったのか、そのタコ花火の十連発とやらの。そいつは黒い塊を庭の一角に蹴って集め、その内俺から取ったそれに今度こそ火を入れる。土の地面に落ちたそれは、ころころと転がって牡丹の藪の近くに落ち着いた。
……落ち着いた、と思ったのは俺の間違いだった様だ、そのタコ花火とやらはしゅうしゅうと音を立てて黒く長い塊を四方に伸ばして、まるで蛇の様にうねりながら小さく纏められたそれを膨張させている。正直な話、とても気色が悪い、タコ以外の物にこれを例えるなら良い言い方をして、火事の黒煙が形を持った様な。悪い言い方をするなら……いや、止めよう、何を俺はこの歳にもなって生物が食物より栄養を吸収した後に排泄する汚物の名称を脳内で、とはいえ口にしようとしているんだ。
これが気色悪いという事はそいつも承知だったらしい、現在進行形でのたうつ花火を見るそいつの顔は、満足げに引き攣っている。十連の名は伊達ではなく、その花火は明らかに異常な様子で膨張し続け、数分後やっと動きを止める頃には、俺の目には無意識に最早それが何かこの世の物ではない場所から来た、とてつもなく嫌な生き物に見えていた。その数分間のあまりの様子に絶句していた俺に更に満足したのか、まだ顔に普段の快活さを戻さず、牙をちらつかせ、ともすれば凶暴さを滲ませた表情のそいつは二つ目を手に取る。

「もう一発……ってあれ?」

パチン、パチン、パチン、後に起こる出来事を想像させない程軽い音に火が呼ばれるが、手に取ったそれにそいつが望む様な変化は起こらない。一気に拍子抜けしてしまった、という事は俺は少し期待していたのだろうか、否定はしないで置く。チャッカマンに気合を入れれば火が点く等と、まさか本人も思ってはいないだろうが、先程の表情もすっかり元に戻って前屈みになりながらそれに火を点け様とする様子を見て、何が起こったのかを確かめる為に近付いて見た。
導火線も無い黒い塊は、何度火に曝されても強情に頑ななままで、如何やら火薬が湿気ているらしい。跳ねる唸り声を口から漏らしつつ、そいつは独り言をごちる「ちょっと二年前のっすよ?」それは湿気ていて当たり前だ、止めようとすると座っている様指示された。そうは言われても目の前で湿気た花火に火を点けようと、しかも顔面をそれに思い切り近づけながらやっている人間が居るのは心臓に悪いのだと、こいつは理解しているだろうか。そうだな、いないだろうな。
人外だから大丈夫という場合でもない、ほぼ脊髄反射の段階でそいつに注意を促すが、そいつは一向に俺の話を聞く気はなく花火に没頭している。別の物と取り替えたら如何かと思い、隅にやられた他を手に……風でも吹いたのか、黒い塊は庭にバラバラと散っていた。兎に角一つを取って見せるが、「これがいい」の一点張りで全く寄稿ともしない、予測はしていたがこうも予測通りだと何も言う事が無くて困る。
風が吹いたなら風鈴の音で解る筈なのに。俺の足元近くに転がって来たそれを退けながら、他にどうやってこいつを止めるかを考えるが、全部却下されてお終いだろうという結論に至った。今の俺に足りないのはこいつを見捨てる勇気、自覚はしているが最早感情が許さない。止めてくれ、家族花火大会約一名先走って火傷で欠席、とか何か嫌だから。「おじさんが何か面白い事してくれるなら良いっすよ」、面白い事って何だ、「ハイ、時間切れっす」この間三秒も経過していない。

「おい、止めとけ」

「もうちょいもうちょい……っす」

そいつの指が止まる、言葉とは裏腹の行動に一瞬面食らうが、早い所そいつの手からこれを取った方が良いと手を伸ばす、「あげないっすよ」違う、いらないから別の奴にしてくれ。何か大切な物を忘れていた風、そいつは三つ顔に付いた目を見開いて、何時の間にかしっかりと現実味を持っていた輪郭をぼかしながら此方を見た。この顔は、仮に真夜中突然の遭遇だったならとんだホラー映像だ、短い方の黒い髪が雨雲の様に波打つ様子を見ながら、ほんの一瞬やってきた平温に意識が飛ぶ。
とても大切な事を言い忘れていた、そいつは俺の予測通りのセリフを吐くと、普段通りのとても快活な顔をしてもう既に火を点けたそれを指差す。「あれってタコ花火っていうより、ウンコ花火っすよね」俺は何も聞かなかった、姿形がもう少し人間だったら少々お年を召した女に好かれそうな笑顔、口から出た言葉が合成音声にしか感じられないが、そう記憶を摩り替えてくれる程俺の脳は優しくなかった。「ウンコみたいっすよね!」何故に二回言うんだ、しかも強調して。
もしや、この一言の為に二年間もこれを集め続けていたのか? それとも、逆か? う……俺は羞恥心を捨てられる程人間捨てられない、汚物に形が似ているから集めたのか? だが俺はそれを否定する事は出来ない、返事をする事も出来ない、何故なら俺も心底そう思っているからだ。心底、そう思っているからだ。口に出したり、言葉に問わず合意の意思を表現する程の勇気もまた、俺には無いのだが。……何だかよく解らないが負けた気がする、悪いな、許せ。
ガスが薄いらしい火は、先程よりほんの少し色を薄く変えて揺らめいて……正にこれも脊髄反射、肉体に刻み付けられた本能、脳より早い神経、俺は一瞬鼻孔を掠めた臭いにそいつの手から黒い塊を蹴り上げ、牙を剥き出しかけた顔を被う様に抱いて、黒い物が高く飛んだ方向に向って背を向けた。湿気た火薬は待ってはくれない、十個も繋げられたそれは秋風の中に蹴り出され、俺の背後で第一発目とは比べ物にならない炸裂音を弾かせながら熱を発した。腕の中のそれは微かにもがいたが、直ぐに治まって大人しくなる。馬鹿野郎、いわんこっちゃない。
下駄で蹴り上げた所為で足にカッ、と熱を感じだかと思えば、背を向けた所で更に薄い布越しに。畜生、これは火傷になっちまったか? 足の様子を見……ああ、弾け跳んだ黒い爆発は、あたりに火の粉となって飛び散ったらしい。その飛び散った火の子が齎した効果は絶大、俺が自分の足に感じたそれを忘れてしまう程に、今目の前で繰り広げられる光景は……いやもう、言葉に出来ない、今の俺の口は絶対に開いている。俺が離したそいつは、その様子に拳を握って喜ぶ。
空中で細かく爆散したそれは、火の粉になって辺り一面に転がっている黒に触って、所謂誘爆を起こしたらしい。それ以外に、それ以外にこの俺の見える物全てがあの、のたうつ黒い渦になっている理由がない。光の中で透ける様な姿をしたそいつは、黒くもずもずと形を吐くそれの山の真ん中に立ちながら、酷く満足そうに俺を見る。その顔は驚いた様な、突然のサプライズに喜んでいる様な、どっちにしても自分が原因だとは欠片とも思っていない、そんな様子で手に持ったチャッカマンをカチカチと鳴らす。その度にこの状況を作った火が、色を薄くしつつパチパチと点く。

「あれだけ火を入れれば、流石の湿気た火薬も大爆発するっすね!」

俺にもう一つ、決定的に足りない物、それは怒る気力。
まあ、足は少し赤くなっただけで済んだが。
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:LivlyIsland

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。