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SSS(看):貰いっ放しは寝覚めが悪いじゃないのよ [小説]

愛の愛の愛の

登場キャラ:おじさん +α

黒幕度:★★★★★
精神有害度:★☆☆☆☆
(精神有害度というより、肉体有害度)







愛の愛の愛の



アレコレ面倒な性格の上司のご機嫌取り、過酷な割りに全く評価されない外回り、へとへとになって帰って来た時に誰かが出迎えてくれると、人間、誰だって悪い気がしない。寧ろ、自分がそれなりに好意を持った人間だったりすると、言うまでも無くかなり嬉しい。
世の中には耳が良いのか、勘が良いのか両方なのか、誰が帰って来たとかそういうのを足音で聞き分けられる、そんな特技のある奴が時々いたりする。信憑性は俺自身、本当に、特に新人時代この特技には世話になった……今となっては使い道が無いに等しいが。あいつ等は足音を消すのが得意で、足音を立てていない時こそが、俺にとっての悪い時なのだから。
今度のこれにはちゃんと足音が、古びた板の間に柔らかい物を押し当てる様な、微妙にくぐもった音。これを警戒する必要は無い、した、した、雨戸と障子を閉め切った廊下に灯りは無く、そこに人間の物にしては軽すぎるそれが床に乗って進む。山奥の夜は暗い、何かがあると原理不明の人魂が周囲を照らしてはくれるが、それが無ければ一寸先も見えない闇が待っている。
俺が病に伏せってから数日経過するが、日を追うごとにこいつは酷くなって、今では起きている時間より寝ている時間の方が長い位だ。あいつ等は材料不明の薬を持っては来るが、それはあくまで一時凌ぎにしかならず、今日に限ってはこの通りの有り様という訳で。……医学書に、名前が載る事だけは勘弁願いたい。
閉め切った障子には穴が二つ、それを塞ぐ為に紅葉の形に切られた折り紙が張られて、もう秋がやって来た事を思い出した。無尽蔵に風を吹かせる、コンセントの刺さっていないエアコンに目をやって、もうそろそろこれも骨休めをする季節なのだと考える。最大の頃から比べるなら、冷房の設定温度も随分上がったものだ。
足音が止まった。閉め切った障子の隙間にちょっとの長さをした黒い毛玉、そのまま襖が滑り良く僅かに開いて、その間に白い体が滑り込む。猫は家の中で一番居心地の良い場所を知っているというが、何時の間にか付いて来たこの猫は、早くも新居を決めたらしい。俺の存在を最初から無視しながら、向って右側にある箪笥の上に飛び乗った。

「お前一匹か」

襖を閉めないなら、これは同居人の妖怪変化じゃない……そんな甘い事は許されなかった、毎晩色々な意味で肉体を酷使され続けている俺のささやかな夜の静寂に、猫と同じ足を付けながらそいつはやって来ていた。先程と同じ様に最初に手、滑る様に体が、気が付けば襖は開いていて、体を起こした俺の隣に一人。突然の立ち眩みならぬ座り眩み、バランスを崩して思わず手を突くと、そこはそいつの太腿だった。ふかふかしている。
灰色の体毛がみっしりと生えた足は、その形に相応しくしなやかな筋肉が詰まっていて、俺が手をついてしまっても痛くない様だ。だが、長い事こんな場所に手を置いておくと、そういう意味でいらん誤解を招く事になってしまいそうなので、さっさと手を退かす。その間もそいつは、にたにたとした口が裂ける様な笑い顔を向けて、最早言葉とはいえない妙な鳴き声を上げる。
この後に何人かどわどわとやって来るのだろうか、けたたましく襖が開けられるそれを想像する……二重の意味で腰が引けてしまう。普段は少女の腰巾着をやっているというのに、今日に限ってこいつは何故一人で来たのやら。足をもぞもぞと動かしたのを見て足を見る、ああ、通りで膝に当たった訳だ。正座をした足が痺れるのなら、別にしなくて良いのに……表情に出ていたか、そいつは足を崩して俺に足を投げ出した。別に気にしないが、そこまでやれとは言ってないぞ。
膝の上に乗せられたそいつの足は、手を突いた時と同じく質量があって、それなりに重かった。更にその上にもう一本、太くて見るからに硬そうな尻尾が乗って、そいつは自分の喉をくるる、くるる、と鳴らした。何と無く尻尾に手を伸ばすが、尻尾は直ぐに浮かび上がって、先に生えた黒い毛が俺の頬を軽く叩く。

「めーじて、びょうき、治す、めーじて、めーじて」

尻尾が俺の首元に落ちて止まった。表情は相変わらずの耳まで裂けた顔だが、語調から心配らしい物をしてくれている事が解る。その割には足を俺に乗せている事に変わりは無いが……爪先に当たる部分が開いたり閉じたりして、引っ掛かれたら傷じゃ済まなそうな爪がにゅう、と足先を出たり入ったり。
舌足らずな言葉の中には、俺が現在何よりも欲しい言葉が混じっていて、俺は自分の耳を疑った。聞き直す必要は無い、そいつは「命じて」と、同じ内容を壊れたテープレコーダーの様に続けて聞き間違え様も無い。病気を治す、あいつ等に何の病なのかを聞いても帰って来なかったそれが、こいつは治せるのか? 期待と不安、どちらも良い方にではなく、俺の感情を占める。
念を入れて俺の病の子とを言っているのかを聞くと、そいつは言葉にせずに首を縦に振りたくり、俺の目にも解りやすく肯定してくれた。がくがくと頭を振るのが突然止まったかと思うと、どうやら目が回ったらしい。また呻き声の様な、鳴き声の様な物を喉から出しながら、そいつの尻尾がぺしょりと布団の上に落ちた。やりすぎも、家系か。
常日頃からあれ程の摩訶不思議な体験をさせられていれば、病気の一つでも軽く治せると言われた所で不思議では……あるが、納得は出来る。自分で言うのも何だが、その能力の使い所はありがたいがそこじゃないだろうと、場所によっては軽く神として崇められるぞ。俺なら……と、想像したが、仮に俺が人並み外れた能力を持ち合わせていたとしても、俺は何もしないだろう。一括りにするつもりはないが、此の世の大半の人間がそうだと思う。
やっと目回しの世界から解放されたそいつは、また首を左右に振って、それこそ口から体が裏返ってしまうのではないかという風な大欠伸をして、目尻に滲んだ涙を擦った。口をごにゅごにゅと動かす。あまり長く捕まえていては、本題に入る前に眠ってしまうすもしれない。子供の寝つきは早いのだから。

「お前は、治せるのか?」

「くすくす……そう、自分のびょーき、自分作ったびょーき、治せて普通、あーうー」

空に太陽が浮んでいるという事を話すかの如く、冗談を言われた時の様にそいつは自分の腹を押えて声を上げ、足をバタバタと動かした。尻尾はまた俺の胸の辺りをごそごそと動いて、まるでそれその物が脳のある生物の様に寝間着の中に入ろうとするので、手で軽く叩き落として止める。
言葉の意味を構築する、するまでもない。俺は病原菌を作るような能力なんてある訳無い、ならこの場合の自分はこいつ一人、作り方を知っているなら壊し方も知っていると同じ…………数日前、同居人の一人が俺が最初にこの病の原因と思っていた物を否定したが、そうか、こいつがやったのか。
俺はそいつに聞き返す前に、そいつは俺の表情から俺の理解を汲み取ったらしく、普段からは想像が付かない程の饒舌さで喋りだす。……何を言われているのかが解らない、相手が言って居る事が別に宇宙語だとか、支離滅裂だとかではなく、俺の理解が追い付かないのだ。知らず知らずの内に、掛け布団のシーツを強く握っていた。
空気中に浮んでいる塵に自分の意思を乗せてウイルスもどきを作り、俺の体に入れた……大体そんな内容だが、詳しく力説されてもさっぱりと理解不能。本物のウイルスではないから媒体を殺さず、相手に病魔を与えるという意思が通う所為で、潜伏したまま起爆しんいという事も無く。良く出来てるな、怒る以前に感心が先立ったよ。箪笥の上から猫の鳴き声、明らかに不機嫌そうな声は、俺達を五月蝿いと叱っているらしい。
お互いに箪笥の上から視線を戻して、俺は次の言葉を待つ……耳まで裂けた赤い口が閉じられ、徐々にそれは申し訳なさげな、弱々しい物に変わる。完全に変わり切る所を見る前に、そいつは手前に向って全力で頭を下げてきた。俺に足を投げ出したままなので、前屈と同じ体勢で、そいつは全く問題なさげだが脚の筋が痛そうに感じる。

「ごめん、ごめんね、ごめんね、気が付いて、気付いて欲しい、だから病気した」

もしも俺が最初に脚を崩していいと言わなければ、土下座の体勢になっていたであろう体勢、考えようによっては俺が許した体勢にしているだけであって、別に不遜な態度ではないのだろう。舌足らずに謝りの言葉を連呼されては、まるで俺が悪い事をしたみたいではないか。
病気にした、というだけでは殴られても文句は受け付けない。気が付いて欲しい、何に? こいつを頭ごなしに怒る事は簡単だが、先ずはその辺を聞いてからにしようではないか、子供の考えを真っ向から否定するのは、子供に嫌われる親の最低条件だ。とりあえず体を起こさせよう、肩を掴んで体を引っ張り上げる……うう、また頭が痛くなってきた。
今度は立ち直る事が出来ず、前のめりに突っ伏す。自分の足に覆い被さる風万力篭めて土下座をしていたそいつの背に、更に上から覆い被さる形になって、突然背中に体重が増えて驚いたらしいそいつは体を捩る。もぞもぞ、俺の体の下でつっかえ棒の様な物が俺を起こす。何かと思ってまた痙攣の始まった手で掴むと、それはこいつの尻尾で、それは俺を布団側に向って寝かせ倒す。
尻尾がまた蛇の様に尾の先に布団を引っ掛け、俺の上から生き物の体重が引いて、代わりに布団の重量が乗る。俺の顔を覗き込んだそいつの顔は、まだ心配そうな顔をしていて、小さく聞き取り難い声で、皆は病気の間ずっと助けてくれたか?、そう、また舌足らずな言い方で聞かれた。元の生活が出来る様になるのかが不安な程に、そう俺が答えると、一変そいつの顔は春の花の様に綻ぶ。

「たよって、もっと、もっと沢山、何時も頼って、ずっと頼って、治すから、治っても、だって仲間、大切、おじちゃん大切」

そう、それを言えた事その物が喜びだと慈しむ様に言って、そいつは俺の額に手を伸ばす。
伸ばされた親指は、まるで石の様に冷たく額に沁み込んだ。
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