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機械仕掛けの神 [小説]

機械仕掛けの目玉焼き

登場キャラ:おじさん 唯我独尊の子

神の真の姿を見れば、死ぬか、正気を失うか
古今東西の決まりごと。

汚染度:★★★★☆
精神有害度:★★★★★









神が子の名を呼べば、その子は、耳から血を吹いて全ての神経を焼かれるだろう。
子が神の名を呼べば、その子は、舌が根元より千切れて言葉と正気を失うだろう。




機械仕掛けの玉焼き



人を待つ時間というのは、相手に会いたいか会いたくないかは関係無く、体感的に長く感じてしまう。俺は今、人を待っている。誰かが俺を呼んで訳でもその事を言った訳でも無いが、朝起きたら俺はそいつの事を待たなければならない事になっていた。俺は知らずの内に刷り込まれたそれを、朝起きて、飯を食って、朝風呂に入って、セクハラを受けつつ体を拭くまで気がつかないでいたのだから、酷い話だ。

数日間の間は完全な軟禁状態に在り、外出はおろか、自室への出入りすら自由にならない毎日がこれから先永遠に続く可能性があるという、人道的にのっぴきならない事態に陥ってはいたが、流石にあいつ等もそこまでアレではないらしく、塀と外を繋ぐ門は相変わらずなものの昨日から俺の軟禁は解かれる事になる。日がな一日縁側に座って、まるで廃人かボケ老人の様に生きる事は無くなった……が、屋敷内を自由に移動可能になればなる程、此処はそれなりの広さがあるのだと実感した。
酔狂者を通り越して気違いの域まで行きかけているあいつ等だが、盆を過ぎた頃から改築癖は更に激しくなり、昼に覗いた部屋がまるごと水槽になっている等、ザラになっている。盆休みが終わってから数日経つが……あいつ等の本気を感じて、俺を本気で帰す気が無いのだろうと否応無しに知らしめられた。流石の酔狂者、それでも一夜の宿の為に空間の存在を疑わせる様な細工をしたり、物理法則をハナから無視した何かをしたり、流石に、無いのだろうから。
それにしても此処はごみごみした場所に住み着いていた俺には広い、何の気無しに徘徊してみるのも、慣れていない所為もあって屋外を散策するのと変わりが無く感じる。大昔のちょっとした集落の領主の家、嘘ではないと後に住まう人外に好き勝手改築されながらも、セットで一部屋に住みそうな同居人達を全員バラバラにして一部屋づつ区切っても余りありそうな部屋数が、嘗ての姿を残す。まあ、その内何人か詰めても全部屋埋まるんだろうが…………今の俺を殴りたい、何を恐ろしい事を考えているんだ、もしもこの瞬間心読みの使える奴が居たとしたら如何する、死ぬ気か? 男として死ぬぞ。
自分で自分に釘を刺しながら、そいつが指定した場所で待つ、相手はまだ来ない。隣の部屋から童歌が聞こえて、小豆の擦れるシャカシャカとした音と、不釣合いな電子音がそれに混じる。聞き慣れた喧嘩の声が随分遠くからして、続いて水の跳ねる音が。此処は静かだ、障子で区切られた空間では音が筒抜けだというのに信じられない程に静かで、最初の夜が明けた時、俺は一瞬自分の耳が壊れてしまったのかを疑ってしまった。
ざく、ざく、湿っていてかなりの重量のある物を刺しては抜きする音は、土を掘っている物。高い子供の笑い声と、そこに更にかなりの重量を盛った物がどさりと落ちて、その重量のある物が大声を上げる。ああ、あいつ等は本気で此処に根付く気か。昨日も今日も、一つの意味で情け容赦無く酷使された体だが、今までもう一つの理由になっていた疲労の原因が強制的に奪われた今、俺の体は思ったより自由が利く。ははっ、薄情なもんだ、俺も男か、誰もいない場所で自分自身を鼻で笑う。

その次の瞬間、全ての音も存在も何もかもが遠くへ吹き飛んで、俺はそれの存在を目で見ずに知覚する。別に背後に現れたとか、そんなありがちな事じゃない、それが俺の目の前に存在すると同時に視覚より直感的な感覚の方が早く動いた、とでも言おうか。絶対的な存在感、一回一回の遭遇が死んでも脳裏から消えなくなる、心臓を通り越して命その物を握られるような。ただ、今日のそれは、俺が今まで遭遇した他の誰からも感じた事が無い、今まで無かった程に穏やかだった。

「随分と、機嫌が良いな」

現れたそれの、嘲る様な響きの混じった音が俺の耳に届く。「まるで木偶の様だ」さも当然と言わんばかりの発言、鮮烈と言える様な態度は、最初から遠慮という概念すら存在しない。深く水を孕んだ水面の様に静かなそれは、生まれながらに全ての物を傅かせる事を許された。現実離れしすぎたその存在は、俺の思考すらも現実から軽々と切り離しはするが、奇妙な納得感と共に、今の俺はその存在に安心感を与えている。
絶対零度の切れ長の目が薄く細められ、立ったままの俺に顎を使って、それは自分の後ろに控えていた椅子に座る。俺もそれに続くと、適当な目線で尻が椅子に着く。何時の間に椅子があったのか、それはあの存在の前では無粋な話だ。そして俺はやっと存在に体が慣れてきたのか、此処で気が付く……目の前で悠々と膝を組んだそれは、一糸纏わない姿だったのだ。人が虫に裸を見られた所で、羞恥心を刺激される事があるだろうか。そういう、事なのだろう。
だが、それは俺も同じだ。それは組んだ足の調子を整えながら目を瞑ると、ゆるゆると肘掛に肘を突く。風呂にでも入って居たのか薄っすらと赤味が差し、湿った白い肌。しっとりと濡れて深い色を称えた髪。なまめかしい胸も、くびれた腰も。どれも美しい、というよりは、神々しい、という言葉が似合う様な物。そうだ、人間は虫に裸を見られようとも、なんの感情も湧かない。なら、虫が人を見ても、逆も然りか。肘を突いた指が頬を掻いて、色の無い長い爪がしゃりしゃりと鳴った。
俺が返事をしようとした瞬間、静寂だった存在は、まるで嵐にでも巻き込まれたかの様に震える。それが水である事は変わり無く、変化は一瞬、それでも何かが決定的に変化しようとする瞬間に、俺はまた言葉を噤んだ。心の底で呟く、畏れという物は絶大だ、思考をする事すらも支配してしまうのだから。その上で、その畏れが本物だった場合、それを心地良く思ってしまうのだから。薄目を明けたそれは、俺の耳から吹き飛ばした音を耳で楽しむ様、喉の奥で低く笑う。

「何も喋らずともいい……今は畏れに身を任せておけ」

柔らかな唇の間に、赤い舌がちらりと覗く。巨大なうねりに身を任せる事の心地良さ、それが自分に対して悪い感情を持っていないという幸運、脳を静寂に溶かし込む心地良さ。俺の脳裏に浮ぶのはその感触よりも、それと同じくして携えられている白い牙の方だった。あの牙が俺の首に突き立つ事は、ほぼ、無い、その確信が俺の身を芯から震わせる奇妙な妄想を与える。何でもない、形すらも無い、夢の木っ端とでも表現すべきだろうか。巨大な渦の小さな一部として、永遠に不変であるという、母に抱かれる様な妄想。
職業柄、経験が無い訳では無いが、致死の直前まで麻薬を血中に注射されたとしても、この激しい陶酔感は感じられなかっただろう。他人に支配されている事は、一種でその誰か、と繋がり合えているという意味なのかもしれない。それなら、存在がより強固な物に繋がる事は、我が身が美しいそれの尾に掴まる様な、そんな感覚を植え付けられるのも当然か。これの尾に触れた場合は、骨も残さずに焼き尽くされてしまいそうだが。突いた頬杖の位置が高く変わって、体をやや屈ませて額の辺りをトントンと指で叩く。あの人差し指、あれ一つが意思を篭めて指された時、それが仮に世界を終わらせろという命令であったとしても、それの血は従うのだろう。
血。今まで吹き飛んでいた思考から同居人達の形が帰って、好き勝手な陣を作る。血統の神と言える存在は、同居人達全ての意思決定権を持つ。ならば、俺を此処に攫って来た事も、ずっと外に出さないのも、その全ては頭脳であるこれに委ねられている筈なのだ。ああ、逆か、同居人達の存在が俺の思考を畏れから引き出したのか。そして形になった同居人達のイメージも、服装や姿形を思い浮かべているというよりは、声や俺が覚えたイメージを汲み取った様な……姿が一つ、数人のふくらんだ腹。指遊びに飽きたそれの指が止まって、また長い睫毛が閉じられる。
一挙手一投足に意識が連れられて、今この空間に存在している分には、何もかもを受け取るだけで居る事が最も楽なのだろう。届く声はまるで魔法だ、いや、そんな生易しい物でもない、人形に絡む糸だ。最初からお膳立てされた劇の上、操り手の好きな様に生殺与奪を握られる人形。反発する意思すらもそこに存在は無く、意思を持つのは操り手のみ。風が、しっとりと輝く髪は揺らぐ事は無いが、物に揺るがない姿が風に撫でられる姿を想像して、俺の意思とは関係無く喉が鳴った。
そうだ、血というのなら俺はあいつ等の血を広めた……相手からのほぼ強姦と言えばお終いだが、全くのそれでは無かった。お膳立てされた人形劇ではなく、そこには俺の意思も介入していた、病的に青白く骨の当たる腰を掴み、次へと進めた腕は、他でもない俺自身だったのだから。ならば、知らず知らずの内に俺の中にも、あいつ等と同じ血が入ってしまっていたのだろうか。瞬き一つに震える体に気が付いて、俺はありえない仮説を立てる。何故震える? 嬉しいからだ。 理由? 目の前のそれが笑っているからだ。

「お前が予測した通り、お前を連れてきたのは俺だ、最終決定をしたのは俺様だからな。
それで、お前は如何する気だったのだ…………次の初夏には我が一族の幼き同胞が増え、それは後に列を作って次々に産まれ出でただろう……そうなれば、人の世を追われるという凶刃を我が身に浴びる羽目になるのは、お前だったのだぞ」

一回、二回、三回、手の平同士が合わさって音が鳴る。体が震えた。褒められている。その事への歓喜で震えが止まらなくなり、胸の中が全てを押し流す様な感情の波に飲まれた。人外の血を舐めた事があった、あの時か、あの時から俺の感情は支配されていたのか、あの手に撫でられて狂いたいと思うようになったのか。耳に響いた軽い音、たったの三回のそれが。これはおかしい、何かがおかしくなっている。何だこれは、頭の中で知りたかった答えが整理されるのと同時に、爆発的な勢いでそれが流れ込んで来る。
それに気が付いていながら、俺は何も出来ないで居る、異常なことが正常、最初にそれをのっとられてしまった。後は全てに流されるだけ、前回会った時は如何だっただろうか、違った、決定的な何かが違っていた、何が違っていた、解らない、思い出せない、今の俺には呼吸の為に動いた胸の動きに唾を飲む以外、正気を保っていられない。今の俺は、正気だろうか、呼吸に胸が動く、あたりまえだ、これは生き物として当たり前の事。もう一度動く、体が震える。
目を細めて笑みを浮かべた顔は、一般の人間が同じ顔をすれば確実にいやらしいというのに、微かに下げられた眉には露骨なまでの気品が漂っていて。ああ、最初から一般人と比べる方が愚かだったか。最初から違う、根本から違う、生まれながらの絶対的な支配者。沈む夕日さえ止められる、そう、主役。あ、あ、言葉から吐かれた息に白い牙が一瞬見えた、あの牙は人の喉を食い破った事がある、物の命を噛み砕く為の死神の鎌。あの牙は俺には向かない、俺の感情が一瞬、深く沈んだ。
叩いた手の形をそのままに、唇の形が歪む。「流石、随分と優秀な胤だ」今度は白い色が見えなかった、とても下品な事を言われている、その上これは戯れとはいえ人を人と思わない発言だと言うのに、それよりも先に足先まで真っ直ぐに電流が走る様に痺れた。痺れは長い余韻になって、俺の中でとぐろを巻いて居座る。爪と牙が、どんな形でとはいえ俺を守ろうとしている、それで今俺は此処に居る、もう何の疑問も浮んでこない。今俺の中で決定的な何かが壊れ始めている、それに対しても何の疑問も浮んでこない。

「案ずるな、お前は死んではいない」

ああ、もうそんな事は如何でも良くなってくる、先程の歓喜は優しげな微笑みに更に追い立てられて、それでも耳障りが良く脳髄に直接流し込まれる様なそれが心地良くて、それが自分に話をしてるくれる事が嬉しい。やっぱりあの時血を舐めたからだ、俺もあの大きな蟻の巣に絡めとられた一人で、もう二度と元の場所に戻れる気がしたくない。ああ、そんなことは如何でもいい、耳に流れ込むそれを何度も何度も思考の中で半数する。
何がそんなに残念だった? こんなに良くしてもらっているというのに、何を考えていた、あの鋭利な輝きを見て何を考えた。今までに無い、まるで慈しむ様な微笑が美しい。まだ洗い髪は乾いていない、息をする、数度の言葉を脳髄に染みこませる程度の僅かな時間しか経っていないというのに、俺の中ではもう既に無限に近い過去が流れ去った気がする。何が流れた、それを思い出す、思い出せない。そうだ、何で自分は残念だと思うようになったんだ? 簡単だ、これが死を愛でるからだ。
その牙が自分の喉に突き立って、いやそんな贅沢は言わない、名も無い人間の凶刃に突き刺されてただの肉になった時、死を愛でるそれに愛でて貰えない事がとても悲しい。死にたいだなんて一度も考えた事は無かった、どうしても生き延びたいと思って今日まで生きてきたというのに、凄くそれが馬鹿らしい事に感じる。死を愛でるそれに愛でられるには、死ななければならないというのに、どうして自分はこうして守られる。嬉しい、のに、悲しい。前二房の銀の髪が揺れた、一瞬だけそれの眉根が寄せられた。
大丈夫、何もかも大丈夫、俺に悪い事は何も起こっていなかった、全てが俺の為だったのだから。笑っている、笑っていた、それが不愉快な気分にならないで居てくれた、嬉しい、不愉快な気分にしたくない、しない様にしなければ。それが口を動かす、動かしただけ、喋る、言葉が続く、ありがとうございます。ありがとうございます。何か忘れている気がする、何だろうかこれは、何を自分は思い出している? これは、どうしてこんなに嬉しそうだったんだろうか。一瞬だけだった表情がこびりついた、ごめんなさい。ごめんなさい。
まるで水の様な存在は気持ちが良い、それに漂い続けているだけでとても幸せで居られる、なら何で今日まで漂うようなこれを自分は知らずに居たんだろうか。とても簡単だ、見たこと無かった、一度も、こんなに優しい渦を向けられた事なんて一度も。今日始めて感じたそれに飛び込んだ? 何で? 理由なんて無い、あいつ等だってよくそう言う事言ってるじゃないか。如何してこんなに優しかったのだろうか、優しい渦を見せてくれた? 訊き忘れた、最初に「お前も随分と機嫌が良い」そう言う事ほ忘れていた、そう言った時に何て答えられる?

「お前は今まで通り、あのマンションの一室で暮らし続け…………おい」

血、俺があの日に無理矢理飲まされた血。芋判を作りたいらしいあいつが、危なっかしい手付きで彫刻等を弄っていると思ったら、予測通りというか、何と言うか、切った。流石は人外傷は直ぐに塞がったとはいえ、拭く物が無くて困っていた所、いきなり口に指を突っ込まれて無理矢理舐めさせられた。「これで家族になれたらいいのにね」そいつはそう言って笑って、生臭い味を無理矢理突っ込まれた俺の頭を撫でた。なれたらいいのに、そうだよ、血の繋がった家族ってのにはこれじゃなれない。血も肉も、俺とあいつ等も、こいつも、別々の物なのだから。別々の物だからこそ、血を交えて新しい物を作る事が出来る。先ずはそこ、質問はそれから。そうか、だから機嫌良かったのか。お前、家族が出来る事が本当に、嬉しかったんだな。俺も嬉しいよ、伝わってるだろ、見てくれよ今の俺を。
喉から、それが搾り出された後、あまりにも、耳鳴りがひど

「なら……此処に居る俺は、誰だ?」

かおのかたちがかってにかわった
























それはそのまま佇んで、足元に転がる男を無表情のまま見詰めて、静かに呟く。

「Deus ex machina か」

椅子から降りて、屈む、手を伸ばす、意識の無い男の質の髪に指を絡める。
「解っている」

そして誰にも解らない様に、何度かの瞬きの後、硬く目を瞑った。
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