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海の音がする場所から [小説]

…二部作
知らないことがくる

登場キャラ:おじさん 三つ子

ねぇ、おじさん、呼ぶ声が聞こえるよ。

知らない度:★★★★★
(訳あって、精神有害度は下げさせて頂きます)






知らないとがくる



「おじさん」

「何だ」

「抱いて」

正に夏本番とでも言おうか、各地では早い所では夏祭りが頻繁に始まり、若くてピチピチした青春真っ盛りが盆踊りを踊り狂っている季節。今日も正に夏といった風で、風があるのはありがたいが熱風に近いそれが、ボンネットに反射した太陽との連携プレイによって俺を干物にしようとしていた。
だが夜になってしまえば、正に地球まるごと直火焼きな太陽は形を潜め、昼間熱されていた風が陰に冷やされて心地良い。窓を開けているだけで冷房要らず、灯りに誘われてまるで難民の様に張り付く羽虫、毎日こんなに張り付いている訳では無いが、網戸が無かったらを考えると悲惨である。まあ、ありがとう文明の利器。
網戸近くに座って背を冷ましていると……自分の年齢を露呈する様な発言だが、ビールと枝豆が欲しくなる……スイカは嫌いでは無いが、もう少し経ってからの物の方が甘く瑞々しい。夏の夜というのも、こうしてみると中々風情のある物で、寝苦しいのは嫌だが、こういった過ごし方は嫌いではなかったりする。

そんな秋の夜長ならぬ、夏の夜短に何という不健全な発言を。いや、カップルがイチャイチャしてラブホが大繁盛な季節という意味では間違っていないが、先程まで夕食の片付けをしていた奴が今になって今のこの調子。なんだかよく解らないが、皿を洗っている三十分間に何があったんだ。
言葉は背中越しに、俺の背中に唇を押し当てて喋ると、甚平の一部分がやたらと生温くなってゆく。顔ごと近づけているらしく、何か金具の様な物が背に当たるのを感じて、こいつが眼鏡を掛けた方だと気がついた。そんな受け取り方によっては、艶っぽい態度とられると困るのだが。俺は若くない。あぁ、遂に認めてしまった。
にゅうっと伸びてくるのは、白くてすべすべした……いや、すべすべはしているが俺の目に溶けたチョコレートでも掛かってない限り、これは褐色。褐色の、すべすべした腕、ちょっと待てこいつは眼鏡なんてしてなかった筈。驚いて振り返ってみると、目に飛び込んでくるのは深い色をした青い目。と、更にその後ろに並ぶ白白二人。一人は眼鏡を外していて、その出張中の眼鏡は青い目を大きく見せている。
今のは全て冗談のつもりだろうか。眼鏡の持ち主らしい白い子供が俺の方を何とも言えない顔で見ている顔から、自分の眼鏡を取って掛け直す。やっと三人見慣れた風になったが、褐色のそいつは俺の背中から離れる気は無いらしく、もう片方の白い子供も寄って来た。二人ともまた、なんとも形容し難い顔をしている。
前に似たような事が合った時があったな、あの時の事は思い出したくないが飯に何か混ぜられて、寝ようと思う頃にはとてもじゃないが眠れなくなってしまっていた。主に体の一部が元気になってしまうという、嬉しいんだか嬉しくないんだか解らない理由によって。とりあえずは今の状況だって、嬉しい人間からすれば嬉しいんだろうな。

「まさか今日の飯、何か混入したってことは無いだろうな?」

「そういうのも良いけど、抱っこして欲しいの」

「抱くって……ああ、そっちか」

今日は虫が居ない。夜風に当たっているだけあって涼しいが、一人、二人と、くっつく人間が増えると体感温度暑くなる。そう思っている矢先、俺の胡座を組んだ膝に白い物と、それなりの質量が。それを退かそうとした腕が動かなく、見てみるとそこにも白い物が。背に、右手に、膝に、柔らかいようで実の詰まったこいつ等は、実際の所は暑くない。身を持って知っているというのか、こいつ等の体温は低いのだ。
うつ伏せになるような形で俺の腿に頭を乗せているそいつは、掛けなおした眼鏡越しの目を俺に向けると、今度こそは白い手を俺の胸に置く。指先を尖らせて、二回、三回、突く様に。その頭をごろりと動かされると、俺の腿に鈍い痛みがやって来る。胸を突く腕が力尽きた様にパタリと落ちる。片方の手は自分の顔を弄ると、眼鏡をまた外して片手で畳む。このまま眠る気なら、布団に行って寝てくれ。
こいつ等の言っていた、抱く、というのはそういう事だったのか。今更ほぼ九割がこいつ等の日頃の行いの悪さからだというのに、勘違いをして居た俺こそが悪者とでも暗黙の元に言っている様な、そんな感情がぞわぞわと俺に這い寄って来る。背中が生温くなくなったと思うと、肩に顔を乗せられてしまった。目を合わせないようにする。
俺の右腕にへばりついているそいつは、ねとり、と変な効果音と共に剥がれる様に、俺が思ったよりもあっさりと離れてくれた。それでも俺の肩に寄り添う様にしている為、やっぱりその分の質量は乗ったまま。何とも言えない顔がどんな顔なのか、赤茶の目を覗き込んで表情を覗き込もうとして、みようとしたら物凄い勢いで顔を近づけられて、危うくなし崩しにされかけたので、体を捩って避ける。

……まあ、やましい方向でないのだったら、別に断る理由も動機も無い。触ったら肌が腐るとか、そんな特異体質の奴等でも無いのだから。別に構わない、そう返事をすると、腿に寝そべったそいつがまた凄い勢いで顔を上げて、危うく俺の顎と衝突事故を起こす所だった。俺にべたべたとくっついていた二人も、肩に寄りかかったり頭を乗せたりしていたのを止めて、三人ぞろぞろと俺の後ろに歩いて行く。
振り返ると、三人とも手を広げて正にウエルカム。向こうが立ち上がっているので俺が立ち上がるのを見ると、そいつ等はきゃあきゃあとはしゃいで、無邪気な声で笑った。自分で言っておいて、やっぱり恥ずかしかったりするのだろうか。三人揃って風呂上りに全裸で歩いていたり、俺にあそこまでやっておいても、か。
誰から最初にするかを聞くと、眼鏡を掛けたそいつが三人一緒が良い、と言ってほくそえむ。さっきと大して変わらないんじゃないだろうか、それ。ああでも、俺がこいつ等に何かをするって点では、段違いの事なのか。あんまり間を空けてもこっ恥ずかしいだけだ、一思いに三人が一纏めになっている所まで近付いて、がっつりと。

「顔と顔合わせて、手前からやってー」

「……お前ら、今日は何か少し体温高いな。
風邪でもひいたのか? お前ら風邪ひくか知らんが」

同じ顔が笑っているというのは、最初はそれだけで奇妙に思えたものだが、慣れるとそんな事如何でも良くなる。つまり、俺は慣れたのだ。抱き心地はやっぱり柔らかい事は柔らかいのだが、実が詰まっていて骨が硬い。俺の顔を合わせたいらしいが、一体誰と顔を合わせれば良いのか解らない為、目線を引いて全員見る。多分、これでいい。
にしても、こうしてがっつりと俺から接触を図ると解る事で、こいつ等は何故か今日体温が高い。熱っぽい、というのとまた違う気がするのだが、普段のこいつ等はまるで死体なんじゃないかと思う程冷たくて、おちおち死んだフリも冗談にならない。纏めて抱いた腕の間を狭めて、腕を浮かさずに済むように直す。
その為に腕を広げた時、また「きゃー」とかいった風に声を上げて、そいつ等の同じ顔が笑った。無表情的ななんとも言えない顔よりも、俺はこっちの方が好きなんだがな。全員スーパーの野菜みたく俺の方を見て、どうしてそんなに嬉しそうにするのか不思議な程に俺の腕に嬉しそうに抱かれている。腕に力を入れてやろうと思った時、眼鏡の無い白い奴が俺の腕に自分の腕を噛ませた。つまり、強くするなという事らしい。
少なくともこいつ等の種族であるらしい、リヴリーは風邪をひく。まあ、こいつ等が本当にそれなのか信じても疑わしいが、ウイルスすら風邪をひくのだから、こいつ等も多分風邪位は……人間の移る物だと困るが、心配な事は心配だ。だが、こいつ等がそんなに体調が悪い様子は今の所無い……俺の目に見える所を強いて言うなら、とてもよく寝る事と、酒と煙草を嫌うようになった事だろうか。
青い目、片方が黒い。そういえば、一人は義眼で固い感触は眼鏡以外にもう一つあった。長い髪は腕の中でさらさらと動いて、服越しだというのに撫でる様に動いてくすぐったい。それは当人達もそうらしく、「くすぐったい」と言って、また楽しそうに笑い合っている。ああ、なんだ、俺はこの顔、嫌いじゃない。この顔は。

一人笑うのを止めて無表情になると、首を横にふるふると振って、満足したらしく俺の問いに答えてくれた。すると、残り二人がもぞもぞと抱き締められた腕を動かして、俺の腕が押される。抱き締める腕が外れそうになってしまう。抱っこはもういいのか? 指先が外れて、腕が枠の様に引っ掛かるだけになる。

「んーん、どっちも知らない、解らない
でも解る事は、手前から抱っこは暫くお預けってことかな……」

「そうか」

外れた手の先を黒い子供が持って、もう片方を眼鏡を掛けた白い子供が持って、その間を普通の白い子供が持って……体勢を説明するなら、真ん中の居ないやたらと少人数な、かごめかごめだろうか。まさかこの歳になってこんな格好になると思っても見なかったが、あいつ等は別に気にしていない様で、手を繋いだまま体を左右に揺すって嬉しそうだ。
そのままぐるぐると回る。何の目的があるのか知らないが、俺は二人と片手ずつ手を繋いで、部屋の真ん中近く何も無い床の上を回って歩き続けて。こうやって回り続けていると、動体視力が優れている訳では無い俺の目からは、そんな速さで回っている訳では無いというのに周りの景色が完全にぼやけてしまって、はっきりと見えているのは俺と手を繋いでいるそいつ等だけ。手が強く握られて、思わず強く握り返す。
こいつ等は普段から悪い意味でも余裕というのか、怠惰というのか。自堕落な態度ばかりで聞かれれば知らないことは無い風だったというのに、知らない、なんて言葉をダイレクトな疑問として使う所は珍しい。からかってる時ならあるんだが。そして、やたらめったら勘が良く、こう何かを言っているという事は、何かがあるのだろう。そうか、それが解らないから困っているのか。
信用して心に留めて置こう、手前から抱きしめられなくなってしまうような事。ぐるぐる、ぐるぐる、足を動かしながら、俺は自分の目を疑った。そいつ等が今どんな顔をしているのか、ほんの一瞬だけ全く解らなくなってしまったからだ。瞬きを治らず解らなく、俺の様子に気がついたのか三人が足を止めた。それでも手だけは外さないでいる。ずっと繋いだまま、手の感触はもうすっかり俺の体温が移って生温い。
周囲の地面が歪むような独特の感覚、俺は目を回している。当然だ、あれだけ回ったのだから。足元が歪んで、体がどんどん地面にめり込んで行く感覚。少しだが嘔吐感を感じる。うっすら、背中と額に汗を感じて乱れた髪を掻き上げるとするが、手は離れないで俺を掴んだままだ。顔を上げた時、その表情が一体なんだったかを、やっと思い出せた。

「何でだろーね?」

「こんなこと、今まで一度も無かったのにね」

俺はこいつ等のそんな顔、見たことが無かった。
というよりは、こいつ等がそんな顔をするだなんて、死んでも思いもしなかっただろう。
俺の見慣れた何とも言えない顔、その下にあったのは困惑する様な顔だった。

「聞いて良いか?
俺達って今、何やってんだ?」

「幸せを囲んでるの」
「囲むと良い事がある」
「大切にしてね」
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