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世にも優しい砂嵐 [小説]

…二部作
貴方がくれた夢

登場キャラ:おじさん パチモン

ねぇ、おじさん、起きていても見られる夢をありがとう

知らない度:☆☆☆☆☆
(訳あって、精神有害度は下げさせて頂きます)







貴方がくれた



「おじさん」

「何だ?」

「抱いて」

前日に引き続いて太陽が働きすぎとでも言うのか、一体何を原動力にしたらそんなに燃え上がれるんだ、と聞きたくなる様な日和が続く。今日も一日背中をボンネットに反射する炎の塊に焼かれ、よりにもよって全く動こうとしない定休日の熱風の中を只管過ごしたが、これは熱中症になる前に焼死するのではないだろうかという、非現実的な妄想が頭を過ぎることもしばしばだった。もう太陽がただの炎の塊にしか見えない。
家に帰って来る時から薄々は思っていたが、今日はどうしても風が少なく、日が完全に暮れ、空の色が塗り潰されても暑いままだ。この調子では窓を開けても涼む事は出来ない……そう自分で自覚した時、自分で現在の妄想を紡いだというのに、あんまりな落ち込み方をしてしまった。実際窓を開けてみたというのに、入って来ようとするのは羽虫だけ。
とっとと窓を閉めて、諦めてエアコンを付ける。電気代の節約はごもっともだが、背に腹は変えられない、今使わずして何時使う。口を開けて風を噴出すそれからは、微かながらカビの臭いがした。そろそろフィルターを掃除しないといけないらしいが、今はかったるいので明日。
冷風に当たっていると体の火照りは治まり、汗も止むが、そういった所やっぱり人工物の風より、外から入ってくる夜風を俺は楽しみにしていたのかもしれない。

今の俺のこの状態は……そう、確かデジャヴだったか。この言葉は数年前に何故か世に出回って、流行りそうで流行らずに消えた物だったな。目に眩しい皮でも剥いたかというような真っ赤な肌をしたそいつは、文句言いつつエアコンに頼っている俺の近くに来たかと思うと、背中全体を暖める。どうやら、背中合わせに寄り掛かっているらしく、相手の薄い体の脊柱が服越しに解る。少し痛いな。
相手が俺の背に向って体重を乗せる所為で、俺もまたそちら側に向って体重を掛けないといけなくなる。胡座に伏すなんて、そんな小学生の体育みたいな事は進んでしたくない。そういえば、最初相手の顔が解らないのも似ている。長い赤茶の髪が押し付けられて、また背中が生暖かくなる要因が増えてしまった堪らない。相手の身に付けた白い包帯がぽたり、と床に付いた。
こいつの言っている事が昨日の意味と同じなら、俺は別に構わない、抱き締めて嫌な奴では無いと俺は思っている。こいつ等の体は人間程温かくも無ければ、死人の様に冷たいという程でも無く、暑苦しいから嫌だとは思ってはいない。
背中に向って掛かっていた力が消えて、俺も力を抜く。別にフェイントという事は無く、そのまま頭を左肩に預けられた。床を爪で引っ掻いているらしく、また包帯がぽたり、ぽたり。
足音が増えて、俺の隣で止まった。一人に居るなら三人、仲が良い事は実に素晴らしいが、若干黒くて動きがやたらと速い生命力の強いアレを思い出す様なフレーズに、今年はまだアレを見ずに済んでいる辺りに自分の運に感謝する。
こんな所で運を使って如何する気だと言われそうだが、無いよりはマシだ。あの虫がそれ程大嫌いで苦手という訳では無いが、この地球上の大体の人間には不愉快である事は本当なのだから。アレには悪いが。
左肩の頭を落とさないようにして見ると、大きくて重そうな触覚をした黄色い子供が、また沢山重なった目で此方をじっと見ている。普段は元気に動いている触角が、今日はしおらしく大人しい。
今の俺の視界には入っていないが、後もう一人も……腿に質量を感じた、居た。目線だけ元のまま手を伸ばして、腿の上に乗っている物を探る。もよもよとして柔らかいが、明らかにこれは人間の頭ではない。目線を写す、これは枕。そして、次の瞬間追加される青い子供。とことんまで寛ぐ気らしい。

「俺が嫌がってる方の意味じゃないなら、いいぞ」

「あ、でもやっぱりいいや。
まだ夢が、頭から離れてないんだ」

一瞬で否定される。黄色い子供の方を見ると、やっぱり何時もの無表情……何時も夢を見ている様な事ばかり言っているが、こんなに表情が無い状態というのも珍しい。
俺が見ている前で、目が乾いてしまったのか目をぎゅう、と瞑って瞬きをする。一瞬、そもそもこいつ等が夢を見るのかが疑問になったが、食べて、出して、寝る生き物なのだから、夢を見ないなんて事は無いのだろう。
こいつ等の存在は主にこいつ等に良く似た三人との間で、デジャヴを作ったり、逆にデジャヴを呼んだりしたが、今度のデジャヴは一瞬で掻き消えてしまった。
……これでも抱き締めるか否か、けっこう悩んでいたのだが、まあ嫌がるなら無理矢理にでも、とは思わない。そんな事をすればそもそもの意味が無いし、俺の命も危ない気がするからだ。左肩に更に体重が乗ったかと思えば、黄色い子供がしなだれ掛かってきていた。甘い臭いのしそうな髪が、束になって俺の手に触れる。
突然笑われる。一人は顔が見えないままで、もう一人は目を瞑ったまま、もう一人もうつ伏せのまま枕に吐き出す。俺に向ってではなく、何やら思い出し笑いらしいそれは、こいつ等にしか解らない何かでこいつ等同士が楽しむ為だけの物なので、俺は何が楽しかったか等は解らない。
とりあえず楽しそうなので、止めるのも無粋だと思って放る。やっぱり、感情が無い状態よりはこっちの方が親しみが持てるので、もっと笑ったり何だりしてくれ。いや、俺に向ってじゃなくていいから。
先程俺がそいつの頭だと思って枕を触った事に、「そこに頭を置いておけばよかった」と笑われるので、手を伸ばして紺色の髪に指を通す。根元から触って絡まると困るので、毛先の辺りを櫛で梳く様にして。指で出来た線が生まれては消える。

「妖精さんの夢を見たの」
「妖精さん、ふわふわしててすごく可愛かった」
「夢なんて、一度も見たこと無かったのに」

背中合わせになっていたそれが此方を見たらしく、また包帯がぽたぽたする音の後、両肩に赤い手が乗った。指で梳いた髪は、色の所為で一見は人形の様にごわごわとしていそうに見えるが、適度な密度のあってしっとりとして指触りが良い。そして、どんな時も肌より冷たいのだ。
普段ならこういう風になるのが当たり前なんだが……自惚れている訳では無いと思うが、もしかして俺は断られてショックだったりしている、のか? 黄色い体をぐりぐりと押し付けられて、髪を突き抜ける頭蓋骨の丸さが骨を伝う。
夢を見るように目を瞑った子供は、頭から離れない夢を起きたまま見ている。そうしている内に、一人が口を開いて三人が歌うように笑う。その顔は何時もの無表情が信じられない程に安らいでいて、夢を見たことがそんなに嬉しかったのか、そんなに良い夢だったのかと聞きそうになったが、そうではなかったらしい。
一瞬で表情は無表情になった。それも、あいつ等三人に良く似た何とも言えない様な、そんな顔に。妖精の夢を見ていたと言っていた所までは世にも幸福そうだったというのに、今まで夢を見た事が無かった、という件を話し出した時に表情は変わってそれから一本今のままだ。

夢ぐらい見るものだとさっき俺は思ったが、こいつ等の言う事を信用して鵜呑みにするのなら、その通りなのだろう。俺をからからって遊んでいる雰囲気でもない。妖精の話をしているこいつ等は、それぞれが勝手な事を喋る所為で殆どが聞き取れなかったが、その何れも俺から見ても可愛らしかった、それとのギャップ、今は氷点下だが。
もしかしてこいつ等は、今まで見たことも無い、感じた事も無い何かに怯えているのか、困惑しているのか。俺はこの無表情に似た表情を知っている。これは、こいつ等は今困っているのだ。理由詳しくは知らない。それでも、表情に出す程に。
少々無茶な体勢になるが、俺の背中に向って中腰の様な形になっているらしい赤い子供に向って、まだ自由な右腕を伸ばしてみた。体が硬い俺には筋が攣りそうだが、この程度では攣らないのは知っている、実戦済みなので少し頑張ってみる。髪の毛が一箇所に集まっている所、後頭部と思われる場所に触った。赤い手が俺の頬に温く触って、指に力が込められる。

「人間の見る夢って、みんなこうなの?
 おじさん人間だしさ、夢の続きを見る方法って知ってる?」

腿に寝転がった青い子供は、自分の手で自分の顔を遮る様にすると、そんな事を呟いて腕を外す。その下は別に泣いているだとか、怪物になっているだとかではなく、困ったような笑ったような無表情、つまりは何とも言えない様な顔があるだけで、見慣れた白く重なった目はもう元に戻っていた。
夢の続きの見方なんて俺は知らない。こいつ等はその夢の続きを見てどうする気なんだろうか、自分が夢を見た事が、我が身に起きた奇妙な出来事が、様々なニュアンスを込めて気になっているから、その夢の続きを見たいのか。いや、それともただ純粋に、その夢の中の妖精にもう一度会いたいと思っているだけなのかもしれない。何れにせよ、こいつ等は今様子がおかしい、多分、こいつ等とそれとリンクする三人が経験した物の中で、一番。
何度同じ事を思ったか解らないが、今此処に居る三人を加えた六人はまるで現実味が無いような態度や、やたらめったら自堕落だったりと、俺にとってての奇妙な同居人の筆頭だった。あいつ等は不思議な予感がすると言っていた、こいつ等はその予感を夢という形で見た。どちらも「知らない」物で、どちらも同じ様な奇妙な顔をして、それでいて俺に言ったのだ、それを。

腕が攣らない内に元の楽な戻す、「ちょっと離れて一塊になれ」珍しく俺の言う事を聞いてくれる、別に言う事を聞いてくれる事も珍しくない訳じゃ無い、聞いてくれないことが多すぎるだけで。波が引く様に、最初は赤い子供が立ち上がって、黄色の子供の骨の感触が消えて、腿の上の青い子供の重さが消えた。胡座を解くと、ずっと乗せられていた枕が床に落ちる。
立ち上がって振り返ると、ボーリングのピンの様な並び方をして、俺の方をじっと見る三人。もう困惑の顔すら見えない。一塊になれ、と思わず言ってしまった為、圧縮凝縮された謎の物体になるまでぎゅうぎゅうになっているかもしれないと思ったが、そんな気を起こしていなくて良かった。三人一緒に居るとそんなになる、というのは何時頃から俺に植え付けられたイメージなのか……ああ、布団で寝てる時の姿か。
俺とこいつ等、こいつ等以外とも俺はただの同居人で、こいつ等が俺を如何思っているかなんて解らない。もしかしたら、今回だって盛大な嘘だったのかもしれないし、何もかもがお膳立てされた芝居だと言われても今更驚かないが、こいつ等は俺を頼ってきた。そんな訳の解らない物を、自分でもどうしようもない物を、俺に剥き出しの白刃にして突きつけてきたんだ。

そいつ等の近くまで歩み寄って、腕を広げると、俺はそいつ等を自分から抱き締めた。腕を広げた時、一瞬「きゃっ」と、驚いた様な声がした気がするが、直ぐにそれは腕の中の体温に変わる。ああ、やっぱり何時もより熱っぽい、こいつ等も風邪だったりしたらどうしようか。腕の中に居るそいつ等の感触は、昨日抱き締めた奴等にそっくりでもあったが、若干骨張っている気がする。包帯と髪の毛が腕に触れて、そいつ等がもぞもぞと動いたり、俺が組んだ腕を丁度良い方に持って行こうとする度、かさかさとしてくすぐったい。

「俺に出来る事は限られてるが、心配、しなくていい」

「……強くしないで、もっとしてくれる?」

暫く経つと、三人がもそもそ動いて目を合わせたり、驚いた様な顔をするのが元に戻る。
そうだよ、俺はお前達のその顔は好きなんだ。例え人外の顔でも、悪く無いものだと思えるんだ。
腕の中の三人は、今何も知らない赤子の様に笑っている。


「夢の続き、見られたらおじさんにも教えてあげるね」
「ああ」

「起きても見られる夢だったら、おじさんも一緒に見てくれる?」
「構わない」

「……よかった。すっごく、あったかいねー……」
「そうだな、温かい、な」
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