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SSS:貴方は空を被い尽くす陽炎の群れをご存知だろうか((背後の音 [小説]

ケンカごっこ

登場キャラ:おじさん 0012 無誇示の頤

巻き込まれ度:★★★☆☆
精神有害度:★★☆☆☆
(おじさんは何時も何かに巻き込まれています)







外の雨が止まない、こんな天気の時は家に帰って一日の活動ももう直ぐ終わる状況でも、体がスポンジにでもなって雨水を全て吸ったかの様に体が重くなる。それなら、今の俺と同じく湿りに湿った台所のスポンジは、体が常にだるいのか。もう三日も雨が続いている。
そんな時に行動をするのが面倒なのは誰も同じ、この家の同居人の何人かは俺と同じくかったるそうで、晩飯を俺に出したら即布団にもぐってしまった。全身にあんなに毛を生やして、その毛があれだけ湿気で膨張しては、そりゃあ何もしたくなくなるという物だろう。布団から覗いている二股の尻尾、それが力無く垂れていた。
まあ、例外も居る。頭から花の生えた奴は元気になって何処か行った。魚の様な下半身をした奴はも。俺に飛び火が飛ばない事は喜ばしいので、引き止めるような真似はしない。それは地獄の釜を開ける事と同義だ。そういえば、昆虫は雨の時、羽が湿って高く飛べなくなる、とか聞いたな。あいつ等にも注意すべきか。
何時の間にか行方不明になった、ひよこのビーズクッションの代理としてやって来た、今にも死にそうなパンダのクッション。自分の身長と同じ位の大きさのそれに座って、普段雨だと異常にテンションの高くなるヤツが、珍しく大人しくしている。明日は雨か、いや、明日も雨か。そいつが手に持って居る、妙に分厚いそれはこいつの教団の聖書らしい。
雨の日は雨で遊ぶ、そんな奴等も此処には多く居るが、何時もならその一人の筈の少女が、今日は何故か俺の向かいで静かに椅子に座っている。雨で遊びに行った子供やら、子供というには少々でかすぎる奴等は喧しいので、雨が止むまで出来る限り帰って来ないで欲しいのだが、そう思っていると帰ってくる。マーフィーの法則、だっただろうか、確かそんなので。
ああ、でも俺の今さっきまでの考察は多分間違っているのだろう。雨の日にダルそうだった奴が次の雨の時、やたらとハイテンションになって全裸で外に出て行った試しもある。逆もあった。何度もあった。つまり、こいつ等の事を人間に当て嵌めて考えるだけ、まったくの無駄だ。雨の日は気が滅入る。

「知っているかね?」

「何ですかー?」

クッションの上、今日はやたらと髪の色艶が良いそいつは、椅子に座って荷物の梱包用の凸凹シートしたアレを潰している少女に顔を向けると、突然はっきりとした声で話し掛けた。やたらと頭に響く声だったのでね俺も驚いてそちら側を向いてしまった。
返事をする少女は上の空といった風で、何時もなら暑苦しい程に人の目を見て喋るというのに、今はそいつの方を全く見る事無く、手元のそれを潰して空気を抜く単調作業に夢中。随分珍しい物を見た気分だが、全く嬉しくは無い。自分に関する事に真剣が無いと怒るそいつは、直ぐにでも緑の髪をわさわさと動かして怒りそうな反応だが、俺が思ったような事態にはならない。
その後に長い間が入って、何の会話も無い無音状態が続く。時計の音まで止まっていて、俺は時計が止まっている事に気か付いた。今度は誰がやったのか、もう慣れ始めていて疲れる。視界の端で体の左右で色が分かれた奴が、自分を指差して立っているが無視した。完全に視線を逸らしていると、そいつは直ぐに消えて、時計がまた動き出す。ああ、ただの暇潰しだったのか。まあ、何時もその暇潰しに酷い目に合っているのだが。
またカチカチと音を鳴らし始めた時計。二人は時計の事に気がついていなかったのか、元からそう気にしてすら居ないのか、まだそれぞれが勝手な気だるさでぼんやりと手を動かしている。話し掛けた方も、今は目線を聖書の方に向けて、最初から何も起こらなかったという風だ。
と、思った時に目線はそのまま、自分の髪でボールペンを掴むとその聖書に何か線を書きながら、やっとそいつは何かを言う。俺も新聞の続きを読みながらだったが、その発言はあまり好ましいとはいえない物で。どちらかといえば、相手を挑発しているとしか思えない物で。

「鳥って、空を飛ぶために体を軽くする必要から常に老廃物の排泄が不可欠、腸が真っ直ぐで。フン垂れ流し状態なのだよ」

一瞬、空気が固まった。「僕、あるいは私の上を飛ばないでくれたまえ」と言う明らかな悪意を含んだ追い討ちが、その固まった空気を粉塵爆発させる可能性を呼ぶ。少女の背には翼。俺には無い辺り、目線は此方に無くても俺宛ではないことが解る。こいつ等、喧嘩でもしてたのか?
それに対する返答も無く、勝手に俺の精神に逆波を立てるだけで、何事も無かったかのようにあの子は空気抜きをしている。何時もだったなら、テーブルが宙を舞ってもおかしくないというのに、三日も雨が降ったら頭の中までカビたのだろうか。俺としては、そのまま全身カビて欲しい。平和だから。
だが如何にも無視しているだけで、聞こえていないとか、気にしていないとかそういうのではない様だ。数秒の間を置いて、少女の肩が強張るのが見えた。くれぐれも俺に絡むなよ。こいつに一発貰ったら、俺はとても立っていられなくなるだろう。この前サイコロを握って、一握りで粉にしたのを見た。

「…………」

「………………」

全部潰し終わったのか、達成感を漂わせた表情で少女が顔を上げて、その全部潰したらしいそれを俺に見せる。見せられても遠巻きな所為で、本当に全部潰れているのか如何か解らないが、嘘を言う子じゃないので本当ということにした。だが、全部終わっても後に残るのは暇潰しを失った退屈で、へにょりとテーブルに突っ伏す。顔をぶつけたらしい、ガン、という音が痛い。
時間も時間、時計を見るとそれなりの時間になっていて、子供には多分眠いのではないだろうか。予想通り、その子が口元を押えて欠伸をすると、クッションの上のそいつも欠伸をする。長い欠伸、最初にし始めた子の方が長いとは何ごとだ。頭の中を全て出し切る様な欠伸に、俺も釣られて欠伸をする。眠くは無い。
三つ折に折られたシートは、重なって白い塊に見える。手にとって見ると、一箇所だけまだ空気の残っていた所があったので、何と無く潰す。ぷちっ、と爪で引っ掛けない様指の腹で中の空気の玉を追い詰めて潰すと、全ての玉が潰れた。破れたビニールの塊になったそれを、もう一度三つ折に直して置く。
クッションの中身がざりざりと鳴るのを聞いて、そちらを見てみる。仮面を被った顔が、今度は本を見ずに俺の方を見た後、また少女の方を見た。その視線を追う。少女の背中から、翼の端の様な物がはみ出ているのを見て、こいつ等の身体構造に心底疑問を覚える。
もう当初にあった喧嘩を売ったとしか思えない発言も、ここまで何の反応も無ければ何事も無く終わる気がしてきた頃、顔を伏せて表情の解らなかったその子が顔を上げて、俺の顔をじっと見ながら口を動かす。ああ、お前もか。目には目を歯には歯を、こいつ等にはその言葉が良く似合う。

「植物類って、その機能から花が生殖器、根を口と定義すると、下半身丸出しの人間が逆さまに埋まっているってことなのですよ」

執念深さは兄妹共通か……そんな事をしみじみ思いながら、俺に対する飛び火から俺自身の意識を逸らしながら、また続く沈黙を待つ。布団の中の尻尾が動く気配は無く、クッションの上のそいつが動き出す気配も無い。新聞を捲ると、小指の先程の火傷幽霊が蠢いていたが無視して捲った場所を元に戻す。二度目には居なかった。雨だな……。
子供の喧嘩ということで、簡単に仲裁には入れれば良いというのに、妙にトゲトゲとした痛い沈黙。こういうのは、周りに居る人間まで攻撃をするから堪らない。それなしても、この二人は一体何をそんなに喧嘩をしているのやら。俺にはとても予測出来ない、したくない。
新聞で目の前の状況を隠す、……妙に視線を感じる。此処を読んだらもう風呂に入って、とっとと寝よう。俺の布団に一人勝手に眠っているが、今日はちょっと悪いが退いてもらう。政治家の天下りがまた増加傾向にあるんだとか、この記事はもう五年位前から定期的に載っている。

「…………」

「………………」

長い事目を使っていただけあって、目がしばしばと痛む。風呂に入る前に目薬だろうか、たしか冷蔵庫の中にまだあった筈。新聞をシートと同じ様に三つ折にすると、先程まで灰色の文字に覆われていた俺の視界に、元からそう鮮やかではないが、また色が戻った。

「なあお前達、喧嘩するなら勝手にすればいいと思うが、どうして俺に顔を突き出してんだ?」










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