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SSS:変な生き物の話 [小説]

アクマノヨウナ

登場キャラ:おじさん 百眼百手の者

キモイ度:★★★★☆
精神有害度:★★★☆☆
(何時ぞやの場所に行きました)
(キショイ、世迷い事)
(おじさ(略






アクマノヨウナ



顔があった。俺は此処に来た覚えがある、何時だったか……詳しくは覚えていないが、此処は電脳空間の一部で、それ程昔ではない頃に俺の来た事のある場所だ。
今この場所は死を迎えている、その様子が手に取るように見て取れる。石畳の地面が剥げて骨組みを剥き出しにして、そこから離れたテクスチャは黒くなって落ち葉だった物と一緒に空を舞っている。
木が生えていた場所は、根を掘り起こして全て引き抜いたかの様に穴が開いて、興味本位に覗き込んで見たそれは、骨組み自体が崩れ落ちて、奈落の底へと続く。落ちればバラバラに分解されて、確実に命は無いだろう。
踏み締める地面の感触がおかしい、土と石の感触が同じだというのに、音も無い。一刻も早くこの場所から出ないと、俺もあの奈落のお仲間にされてしまう。其方の方が、色々な事がラクそうだが、生憎捨てる命は持ち合わせた覚えが無い。
さて、誰が俺を此処に連れてきたか。それによってこの場所からの脱出の難易度が決まる。何せ、この場所に連れられてきたからには、俺はそいつに会わなければならないからだ。誰かさんは、肉眼で捉えられないような場所に隠れていた試しがある。

「その、嫌悪に歪む、顔、我輩の、見慣れた、顔、だ」

「今日は……何かあった日だったかな」

今度はご親切に……目と鼻の先まで接近していたのは、針の様な牙の並ぶ口。ぼこぼこと不快な色に歪んだ肌と、人の形その物が崩れた全景。ああ、こいつだったか。こんな奴を見間違えるはずが無い。
頭の上の方でぬめった液体を出している触角の様な物が、俺の頭に向って伸びる。緑色の粘液、触りたくないので後ろに避ける。悪いな、お前は少し得体が知れなさ過ぎるんだ。その反応に対して、また針が歪む。
白衣に何だかよく解らない色が滲んで、そいつから漂う何か、本能が警報を鳴らす薬物の鼻を突く。片側が異常な伸び方をした腕、それが俺に向って伸びた。手の平は僅かに色が薄いが、体液の塊がカビの玉の様に生えている。
びくりびくり、肩に乗せられた手の平の血管が脈打って、俺の肩の上で震えた。それぞれの長さがバラバラの指、指先に走った血管は幾つかが切れているらしく、異常色をした瘤が先にあった。生理的嫌悪に体が震える。
そいつはもう片方で俺の腕を掴むと、俺の肩を引いた。近付いて来い、ということらしい。腕を掴んだ手は肩が下がりすぎている所為で、異常な長さをしている。足を動かさず居ると、また頭の上の触角が伸びた。その先で眼球が動く。
針の生えた口の端、緑色の体液が漏れて垂れる。その中で何かが蠢いた様に見えた。目のある生き物、粘性の体液を持ったそれは、今こいつの中から這い出て俺を品定めしたらしい。

「貴様、は、本当に強欲で、傲慢。
嘘、に塗れた、事を、気付かず、常、に、無知」

肩を掴んでいた手が外れて、何か酷い失望をしたかの様な溜息、血腥い息が掛かって、俺は思わず眉間に皺を寄せた。そう思うと、もうそこには皺が寄っていたため、その皺は余計に深く刻まれる事になった。
こうした妄想を語る事でフラストレーションの発散を計る人間は多いが、こいつのそれはを不条理過ぎて、そして、人にそれを押し付けすぎる。例えば崩壊寸前の島に人を閉じ込めたり。そう、今だ。
今回だってきっと大した理由は無い、ただ俺が居て、そいつがまた妄想をする。地獄の釜から響くとも、女の金切り声とも付かないその声で、俺にその妄想を唱って聞かせる。歌にしては、少々歪にも程があるが。
手を振り払ってやりたい、特にその理由は無いが、死臭に似た薬品の臭いは好きではない。その抗議をしようとすると、俺の心中を察したかの様に、そいつの自由な方の手が俺の口を塞ぐ。ぶよぶよとした感触は、明らかに骨のある物の感触じゃあない。

「無知で、ある事へ、の感心、も無い。
常、に何者か、の寄り、代無し、には、何も、出来、ない」

黙れ、そう無言で言われた後、また一息掛けられる。止めてくれ、凄く嫌なんだ。自分の話を邪魔される事が嫌いなそれは、俺の都合なんて考えない。こいつの中では、自分の思っている事が俺の考えている事で、俺の考えなんて最初から存在しない物だからだ。
クズとか、ゴミとか、人に罵られるのは慣れているが、こんなに私的に罵られるのは生まれて始めてだ。よくもまあ、こんなにすらすらと言葉が出て来る物で、ぶつ切りの言葉は聞き取り難い所為で、頭を追いつかせるのが面倒になってくる。それは、この一言一言が滅茶苦茶な声が理由でもあるのだろうが。
こういう時は聞き役に徹するのが一番だ、無駄に抵抗すると自分の首を閉める事になりかねない。こいつは兎に角俺に話を聞かせる、俺はそれを聞く。口を塞いでいた手が剥がれて、息をするのがラクになる。
だからと言って、こいつの会話には乗れない……俺とジャンルが違いすぎて、喋りながら俺が混乱する事になってしまう。とりあえず目を合わせたくない。腕を掴んだ方の手、それの下で何か粘着質な物が潰れる音がして、服に何かが染みて肩に付く。
肩にじわじわと染みる液体。こいつのショッキングな容姿を至近距離で見せ付けられて、どうにもそっちに気が行っていたが、辺りの崩壊は大分始まっているらしく、島の中心から大穴が広がっている。こいつは俺が仮に望む事を言わなかったら、俺を見捨てて逃げるだろうか、心中は勘弁して欲しい。

「何かに寄り掛かっているのはラクだ。
欲が深い奴程、何も考えなくていいからな」

「本質、何も、求、めていない、何も、無い空虚な、器。
差、が無い、から、こそ、無限に、見える」

此処まで訳の解らない会話になってくると、こいつの目に世界がどのように映っているのか、その辺りが気になってくる。好奇心とは恐ろしい物で、怖い物見たさ、という命知らずさは俺のどこかに残って居たのかもしれないが、今は是非静かにして頂く。
こいつが欲しいのは返答や会話では無く、ただ誰か聞き手だというのは解った。延々妄想だけしていても、その内飽きが来るのは仕方が無い。そして、何かをその形に歪める。顎に手を当てられた。やっぱりこの指は気持ちが悪い。何だか湿っている。
間接が二重にある膝がガクガクと震えて、俺を見ていた視点が動いて、その下はとても人に見せられないのだろう、頭が俺の近くを上下した。これは本人の本意ではないらしく、俺からこいつの両手が外れる。ああ、やっぱり肩に変な液体が。膝の動きが止まったそいつは、自分で自分の膝を憎々しげに握った。
手を貸してやろうかと思って、そいつの肩に手を伸ばしたが、それよりも早くそいつは顔を上げる。何か気が付いた様な、千秋楽最後の台詞を言い切る役者の様な、そんな顔。引き伸ばされていた口が、ぐにぐにと動いた後、また粘性の体液を出して動く。今度は何も蠢いては無い。

「貴様、まるで、悪魔、の、様な、男だな」

有限らしい俺。悪魔と呼ばれる事は職業柄よくあったが、他でもないこいつに言われる等とは思ってもみなかった。もう島は半分以上砕けて消えて、照明代わりの白い壁も消えている。地面の無くなった場所に、石畳の欠片が宙に浮くようにしてへばりつく様子はシュールだ。
狂った視界の中、自分の言いたい事だけ言い切ったそいつは、目の回る光景に吐きそうになりながら、俺の顔を掴む。いきなりの事で対応が遅れたが、別に悪意合っての物では無いらしく、手は指で俺の頬を釣り上げる。
声と同じく妙な音のする咳、釣り上げるられた顔を見ながら、そいつは今度は明確に顔を笑わせて、音に直せない声で笑う。針と針の間が空き、そこに何も無い包帯を巻かれた場所が震えた。痛くは無いが、それは今だけの話で、釣り上げる指の爪が酷く刺さって痛くなってきた。

「褒、めているのだぞ、笑え」

「……痛い」

今度は血が出そうなので、悪いが手を振り払わせてもらう。顔を元に戻すと、まだ目が好き勝手な方向に向いてしまうそいつは、俺を見ずに口の端を結ぶ。悪魔、らしい俺は口の端を何度か摩って、擦り傷にはなっていそうな患部を触ってみた。ヒリヒリするが痛くは無い。
悪魔、悪魔、悪魔、悪魔、悪魔、何処から聞こえてくるかは解らないが、もうそろそろ脱出しなければ、永遠にこの世からオサラバしなければならなくなりそうになってしまった島に、誰の声だか解らない声が木霊する。そして、俺の声に良く似た声も。この場に居る奴は一人だ。ならこいつか。
その一瞬だけ、こいつが奇妙な疑問を持った時に似た顔になったが、それは直ぐに無くなった。俺を悪魔と呼ぶ声はまだ続く。俺が立つ空間、それ以外の全てが無くなった空に取り込まれて、無くなってしまった。目の前のそれは、針を見せて俺を呼んだ。

「俺が悪魔なら、お前は何なんだ?」

「『こんな、醜い、身体、を、した、人間、が、居るか』
他、でもない、世界の中心、に居る、お前、自身が、醜い肉、の塊、を、そう思っているではない、か」
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