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貞子はエリーがお気に入りのようです。 [小説]






宣戦布告物語


「おろして! おろしてー!!」
腕をぱたぱた動かして暴れる様子を愉快千番とばかりに彼女はカラカラ笑う。カラカラ、椅子に座ってファッション誌を読んでいたエリーに忍び寄って勝手に肩車にし、からかって楽しむ。すっく、と突然視界が高くなったとか思えば、勝手に何処かに連れ去られかけているという状況は、端から見れば微笑ましくてもエリーにとっては堪った物ではない。
必死になって体を捩り、なんとかして降りようともがいているが、またその様子を彼女がカラカラと笑うだけ、脚はがっちりと掴まれている。ふと彼女はエリーの体を支えていた自分の手を放す、そうなれば押えられていた足も放たれ動くのだから、当然脚に体が弾かれてエリーの体は斜めに。
ひゃっ、とエリーは悲鳴を上げて近くにあったものに掴まる、黒く艶の無い髪が長く伸ばされた彼女の頭、悔しさを滲ませて、うぅ、と呻く、そしてまた彼女はカラカラ笑う。意地悪な彼女はその後も脚を掴まない、のしのし構わずに歩かれるのだから頭にしがみ付いていなければ落ちてしまう状況、エリーは唇を尖らせた。
途中二つ程の扉を開けて、隠し廊下を三つ抜けて、その度に低くなった天井に頭をぶつけそうになりながら、そのわざとフラフラさせてしがみ付かせようとする脚はエリーの知らない部屋まで来る。扉を潜る時は特に体を伏せないとエリーは頭をぶつけてしまう、しかし、伏せるとなると彼女の頭に更に強く抱き付く形になり、それが癪だと抱き付かなければ痛い思いをするのは自分な訳で。
またエリーは痛いのよりも痛くないが恥ずかしい方を選んだ。線と角で構成された寒々しさを感じる家具と日の光を多く取り入れるには小さすぎる窓が、一、二、三、四、五、六、お陰でこの部屋は明るく部屋の窓から注ぐ太陽の光が暖かい。アンバランスで不思議な部屋にエリーが見慣れない眼を向ける最中、よいしょ、とエリーの体はまた突然エリーの意思や合意に関係無く宙に浮き、ベッドの上に投げ出される。
もふん、柔らかく受け止めてくれる羽毛布団、ベッドがふかふかなお陰で体が痛かったりすることはないが、乱暴に扱われて好い気がする訳が無く、直ぐに体を起こして文句を言う。今度は本当に意地悪でやった訳では無く、下ろそうとして手が滑ってしまったらしい、振り返って、自分がしてしまった結果に素直に謝る。
「少し手が滑っちまった、すまないね」
普段なら後五倍は文句と罵詈雑言をぶつけてやるところ、表情は解らないがあんまりに真剣な声色で謝られ、エリーは逆に戸惑う。意地悪な人なら最後まで意地悪でいれば文句を言うのも楽だというのに。痛いところはないか? と、彼女はベッドに乗り、おそらく打ってしまったなら一番強く痛むだろうエリーの脚を、労るようにそっと摩った。
「もうっ……そんなにごめんするなら、べつにゆるしてあげないこともないけど……」
「そうかい……ふぅ、折角プレゼントの一つでもしようって時に喧嘩にならなくて良かった」
摩られることが段々こそばゆくなったのと、優しすぎる動きに少し照れてきたのと、エリーは彼女の手から脚を逃がす。今度は追われる事はなかった。プレゼント、全く予想もしていなかった響き、頭がついて回らず首を傾げるエリーの前に銀色の小箱、先程エリーが部屋の慣れない景色に眼を移している時に取ったものを彼女は差し出す。聞き返す暇も無くぱっ、と手を放されて急いで受け取る。
箱を見たら開けたくなる、それが自分へのプレゼントならなおさら、手の平にリボンや包み紙の無い箱、感じる重さはそこそこ、表に銀細工の施された大人が持つような本物の宝石箱、中身を壊さない程度に揺らすとかしゃ、と硬質な音がした。エリーは一刻も早く自分の手指を活用して箱を開けたくなったが、どっこいお行儀が勝ち、開けても良いかと目線を向ける。
そんなエリーがあまりに可愛くて、彼女はまたカラカラ笑い、良いよ、と空色の髪を一撫でした。頑丈そうな蓋は案外あっさり開き、中に入っていたのは青い蝶、日に透けるような輝きを持った青い細工の蝶、触覚から繋がり銀で縁取られた羽の青には独特の波紋が浮び、そこから渦を描いて色味を深くする不思議な細工の施された青い蝶の髪飾り。
「きれい」
うっかり壊してしまわないようにそっと取り出して手の平に置くと、その羽の波紋がとても美しく、羽の目玉模様の部分だけに付いていた黒い石は、光に透かすと赤く輝くのだと解った。彼女はそれを見ながら懐かしむように目を細め、エリーの手の平から蝶を抓む。折角の髪飾りなのだから、髪飾りらしく髪を飾ってもらおう、エリーの頭にそっと手を添えて向きを変える。
蝶を空色の髪に押し付けると、青空の下を蝶が飛んでいるようだった。軽く手櫛で髪を梳かす間、撫でられるより地肌に近い感触になんとなく、本当になんとなくエリーの体が震える。彼女の手櫛が上手いこともあり、さらさらの髪は指に引っ掛かることもなく、挿し込み、挟み、青い蝶は見立て通りにやっぱり似合っていた。鏡を探してエリーの目が彷徨う、ベッドサイドに置かれた手鏡を焦る手付きで取り、眼を輝かせた。
鏡には幼さの中にどこか大人びた美しさを持つ少女が映っている。エリーが鏡から顔を離すと、髪の下に隠れた表情で彼女は微笑む。つい、つられて笑い返してしまいそうになり、はっ、と思い出したようにエリーは顔を顰めた。彼女は不思議そうに自分の前髪を弄りながら、横座りのまま俯くエリーににじり寄る。嬉しくないのか、と聞けば、嬉しい、とふるふる首を振って素直な返事。
「エリー、ものになんかつられないもん。……オクシーあげないもん」
ぷっ、と思わず吹き出してしまいそうになって、寸での所で彼女は堪えた。どんなに可愛かったからって駄目だ、エリーは本気でオックスのことを取ってしまおうとしているのだと思っている、笑ったら失礼だ。当然彼女にそんなつもりはなく、ただ似合うから、と、ほんの少しの郷愁。ふい、とそっぽを向いたエリーはまた唇を尖らせていて。彼女の中で意地悪な気持ちがむくむくと膨らむ。くるくる変わる表情、そして何れも好ましい、まるで空の色のようだ。
「安心なさい、オックスのことをもらうついでにお前ももらうから」
「えっ」
同時に抱き締めたいという気持ちも、それはもう、むくむくと。
驚きで跳ね、揺れた空色で、蝶はひらひらと羽ばたく。はなしてー、はなしてー、と暴れる空色でも。突然、瞼に当たった少し冷たい感触に大人しくなってしまった空色でも。それがキスだと解って固まった空色でも。蝶は空の色を好いて飛ぶ。彼女は意地悪にカラカラと笑った。
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