SSブログ

芋名月を祝う時は月見団子を里芋の形にするといいよ [小ネタ]

中秋の名月SS
月無し月見

登場人物:おじさん 三悪趣の者

(やさしいのよ)
(今日は月の無い満月でしたね)
(忘れ物)








月無し月見



鼻に付くむっとした雨の匂い、湿気で心成しか梅雨時期に戻ってしまったのかと思う程のそれは、俺は蛙ではないので喜ばしい物ではない。雨脚が軽いか、酷いか、今この天気では晴れや曇りという選択肢は一択も無く洗濯物は全て部屋干し……襖を取り払った広間に旗の様に揺れる不思議な光景は、毎日ではないなら俺は割と気に入っている。
これで部屋干し特有の臭いさえ付かなければ良いが、本日二十枚目のタオルを軽く振って皺を飛ばして、物干し竿代わりの紐に引っ掛けながら考えた。二十一枚目、バシッ、という勇ましい音と共に辺りに洗濯機内部でもみくちゃにされた時にくっついてきたのであろうこんがらがった糸クズと、爽やかな洗剤の香りが落ちる。普段は俺はこういった事を任されていないのだが、流石に他人が忙しく働いている横、ぼんやりと引き篭もりはやっていられない。
いや、引き篭もりはこいつ等が無理矢理やらせているのだが。雨交じりの風もこの部屋にまでなら入って来ず、適度な風だけが送られてくるので、湿気で乾き難いという点以外はクリアだ。洗濯籠の底の方に入っていたシャツを取る、底の方に入っていた為か脱水しきれていなかった水分が玉になって、俺がそれを意識する頃には畳に染みを作っていた。あまり湿らせては畳が痛む、今直ぐ拭くべきだろうか……いや、垂れたのは二滴だったしな……。他に理由は無い、正直な話面倒臭いのだ。

古く変色した壁には不自然な赤黒い染みがあったりするが、こうして別の事を考えていればそう気にならず、ひっくり返すと裏が赤い畳も見えなければ問題無い。色から形から不定な旗がばたばた靡くのを見ると、此処まで自分でやりきったという達成感に包まれる。だがそれと同時に、やるべき事を終えてしまったのだという、一種退屈に似た感覚が戻ってきた。暇が一番辛いのは、暇でなくなった時が終った時。
今後何をしようか、台所に行っても食器を洗う連中に悪戯をされるだけだろうしな……ふと天井に目を送ってみる、天井には何か飛沫が上がった様な染みが。まったく、旺盛にやってくれたものだ。飛沫といえば庭の花、こんな毎日毎日雨では持ち込んだ植木類が根腐れしてしまわないだろうか、ただでさえも太陽の光がご無沙汰だというのだから、きっと弱っている筈だろう。……だがこれは俺にはどうにも出来ない。
この家は考えれば考える程あいつ等と関わらずに出来る出来事が少ない、係わり合いになりたくない訳では無い、不必要に面倒な事に巻き込まれるのが御免だだけだが、如何せんこの不必要に面倒な事に巻き込まれることが多すぎる。特に何も無い事もある分タチが悪い、俺自身が悪い方へ転がっていくのを自力でコントロールで気無いのだから。その上、良い時は涙が出る程良い、本当に、タチが悪いな。

「なーに……うだうだ悩んだ顔してんだい、そんな暇があったらこいつでも喰らっておくれよ」

そして何より、厄介事はあちらも意思を持って俺の前にやって来る、そうなった時にわたわたと右往左往する体力が残っていなければ。足音も何もかも感じさせずに俺の前に現れたのて、白い秋物ワンピースが良く似合う……その下の顔が見えたならとてもよく似合っていそうな奴、片手をひょいと上げて皿を乗せて、顔は解らないが俺に向ってかったるそうな視線を投げている。
こいつのイメージが殆ど自室の長椅子に寝そべって、刻み煙草をくゆらせ楽しんでいるイメージしか無かった為、まともに俺に会いに来るのは意外だ。確固たるプライドから挑戦的な態度のそいつは、俺を『暇の潰し方も解らないのか?』と、鼻で笑う。図星だ、お前達程暇潰しに生きてはいないからな、と言いかけて飲み込む。片足に体重を預ける立ち方に足を直したそいつは、その分低くなった皿を俺に差し出した。
皿に乗せられているのは皮を剥いた里芋の様な……いや、これは団子か。「芋名月とも言うだろう、だから芋の形」喰わないならオイラが喰っちまうよ、皿を取り上げる素振りをしながら、その声は笑っている。こういった誘いなら断る理由も無いのだが、皿の上のつるりとした丸みを手に取ろうとするとも「それとももっと生臭く、アンタにお誂え向きな暇の潰し方でもするかい?」と、空いた指を卑猥な意味の形にする。そういうのは夜だ、団子を抓んで食う事で否定を表す。
ああ、そうだ、去年も似た様な事があったと思えばもう中秋の名月、滑らかな舌触りと口の中のほんのりとした甘さにそれを思い出した。……いや、この雨の調子じゃ本物には期待出来そうも無いが、こうして皿の上の月を愛で、楽しむ事なら出来る。そういった面はこいつ等が俺に仕込んだ事だ、美味い団子と酒と須々木、それだけあれば月見にはなる。例え空に月が浮んでいても、アルコールの魔力の前ではものの三十分で関係無くなるのだから。
俺の表情から味の善し悪しを判断したらしいそいつは、ならこの分量で作ろう、そう言って皿の上の物を自分も口に含む。ついでに「分量なんて面倒で量りゃしなかったけど、逆に正解だったかねぇ」と、恐ろしい事を聞いた気がするが気の所為という事にする。上の物が無くなった皿を置きに行くなら、いっそもう台所にでも行こうか。どうせ行くか如何か悩んでいたのだから、構わないだろう。

強く触れば喉仏のある喉がそれを飲み込んだのを確認してから、皿を爪先で支える手から皿を取る。……いやまて、こいつ今までに無い程手が熱い、これは絶対に気の所為じゃない。受け取った皿を悪いとは思うが床に置く、どうせ洗うのだから構わないだろう、突然の俺の奇行を値踏みするそいつの手を握って切る。そんな時でもこいつの目は変わらない、何時も俺をガラス越しに観察する風な……やっぱり、熱い。
思いつく所、風邪、こいつ等が風邪を引くのかどうかは解らないが、兎に角人間の道理なら熱があった時は必ず体調不良だ。よく見れば何時もは水死体と変わらない色をした肌が、赤く上気している気がする。「体温が高いのが気になるのかい?」値踏みするそいつは二回頭を頷かせて「ご明察」と、くるくる体を回して握られた手を俺から放させ、風邪じゃないから安心おし、と付け加えた。

「それにしても体調不良だろ?」
「腹に子がいる女は体調が悪くなり易い、なぁに、折角のお月様が見れないからって癇癪起してるんだろうさ」

なら余計に、口から出掛かって一本の指がそれを封じた、皆まで言うなと言わんばかりの行動に言葉を止めると、食い込んでいた黒い爪が放される。何でもこいつも自室で退屈して、台所仕事の手伝い程度なら出来るだろう、そう思ってもそもそ出て来たらしい。退屈をあれ程嫌っているこいつ等だ、俺の肝を冷やすのはいつでも天下一品……まあ、今の退屈に干された身としては、その気持ち解らないでもないが。
おお怖い、お説教を聞く前に退散するとするよ。そう、髪に覆われた顔を突き出したそいつの足取りは、熱がある事を知った後だとどうしてもフラフラとして見えて、実際何時もの傲慢なまでに堂々とした歩調、その形さえ変わらなくても所々綻びを探して見つけてしまう。ざぁざぁ、湿気で体調を崩す人間は多い、雨脚が一向に止まない事を耳に伝えるそれも、こいつの今の体調を悪くしている原因なのではないか。俺の気分が途端に過保護になるのを自覚して、また自分の白状さを自覚する。
もう一度棒の様に細い腕を掴んで、心肺だから部屋まで送っていく事にした。こいつの部屋は此処から近いが、このままちゃんと部屋に帰れたとしても、俺が次回出会うまで勝手に心配の念を持つ事になってしまう。そうと決まれば洗濯籠の中に皿を入れて、そいつの手を引き、ぐっちゃぐっちゃが当たり前な同居人達の中でそこそこ片付いているこいつの自室へ向った。握った手は熱い、今度は気がするのではなく、確かに。
白い旗が靡く横を通り過ぎる、黄色のヒヨコが描かれた旗の横を、何だかよく解らない旗の横を、大人しく連れられているそいつが唐突に立ち止まった。離れている方の手を目元に置くと、そいつは「こっ恥ずかしいねぇ」と、小さく呟く。体調が悪くなったのが恥ずかしいのか、立ち止まったそいつはびくともしない。恥ずかしい、酷いねぇ、今度は聞こえるように俺に言うそいつは、この状況を心底恥ずかしがっているとも、面白がっている風にも見えて、つまりは俺はまたこいつに色々なことをはぐらかされているのだ。
自分の体は勿論、自分の子を気遣わない奴ではないので、俺がこの手を離せばこいつは勝手に自分の部屋に帰るだろう。自分の隙を見せるのがそんなに恥ずかしいのか? 引く手を弱め、考えずに出た言葉を考えながら言う。押えていた目元は別に泣いている訳では無い、人外色に輝く眼がまた俺を困った様に見る。するり、伸びてきた手が先程と同じ様に俺の唇に指を置く。

「心配掛けたくないからこそ、隠すって事もあるだろうが。そんなんだから朴念仁って言われるんだよ」

今夜の月も皆々様にこっ恥ずかしくて見せられない事でもあったのかねぇ、そう呟いたそいつを抱え上げると、俺はまたこいつの自室へと歩く。まともに人間社会に居た頃は肩に担ぎ上げるのがデフォルトだった為、他人をこんな抱き方にしたのは生まれて初めてだったが、両手が埋まるのは大変だ、お陰で籠は置いていくことになってしまった。大人しく腕の中に収まって抵抗をしないそいつは、やっぱり何時もより弱々しく見える。

後に残ったのは洗濯籠と白玉粉の上澄みの残った小さな皿。
今夜は月の無い名月になる、月が無いことを無視して進める月見の夜なのだから、今だけはお前のその強さも無視させてくれ。
nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:LivlyIsland

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。