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母であるということ [お知らせ]

この度、百眼百手の者と三悪趣の者がお腹に赤ちゃんが出来ました

時期は二人ずれていて、百眼百手の者は二ヶ月、三悪趣の者三週目のお腹です。お腹の子は多く、三悪趣の赤ちゃんは六人、百眼百手に至っては八つ子を宿して既に子宮は八人分の心拍を育んでいるだけあって、二ヶ月、七週目にしてはっきりと目に見えるお腹になっています。
今度も母体が成熟している故の人数というのもありますが、三悪趣は種族上、百眼百手は一族特有の多産体質以上に一種の特異体質に近いかもしれません。

実は彼、自分自身が常に体調不良を起こして居る事があまりにも多い為、妊娠初期症状に気が付く事が出来ず、気持ちが悪くなったり、残尿感がするようになったり、異様に眠くなったり……何よりも受精した時が彼にとっての初めてで、性交渉を持った時が相手との合意の上でのセックスでは無くて、寝酒に一服盛って眠っている内に……某人の助力によって、妊娠の発覚に至りました。
プロフィール書き換えないといけませんね、もう彼は童貞でも処女でも無い上、一人の母です。
とくとく、八つの命が鼓動している様子を見て、それを実感したのは実は初めてではなく、彼はこの二ヶ月前に自分の体の一部に「触ると安らぐ場所」を見つけていました、それは下肢の、我が子で膨らんだ子宮の上です。自分の体に今まで無かった謎の場所が出来たというのに、何故かその場所を触って愛しさを覚える事に違和感が無く、彼は毎日その上に手を置いて知らず知らず覚えた『母性』を我が子に与えていたのです。
お腹の子達をエコーで初めて見た時、それは今まで自分が覚えていた感情と愛しさ、安らぎの本当の意味と正体を知ること、彼は自分はもうとっくに母になっていた子とを認めると、その全ての正体を知った上でまた、自分の胎内にある我が子達の居場所を、そっと撫でました。

三悪趣の者は見ての通りに女性的な面の強い子で、自分も何れは子を宿して産むのだということを漠然と理解していたらしく、妊娠にも戸惑いはありませんでした。寧ろ、純粋な喜びだけではなく、産まれた我が子へ何を教えようか、何が必要なのか、どんな事をその為にしなければならないか、そんな事を考える事がよくあります。
一見すればこれは打算的な思考と思われるかも知れませんが、実はこれは産まれた後の我が子を立派に育てるという子とを前提に考えた事で、これもまた母の愛なのです。
新しい命の誕生を喜ぶ、震えるような歓喜に浸る事は実に純粋で尊い事、それでも胎内で育み、産む事のみが全てではなく、その後には産まれた命を育てるという大切で変えようの無い役目が待っています。それら全てを見据えた上でこそ、母になる資格を手に入れるのでしょう。
生きる強さを教える為、時間を掛けて、自分の持つ全て、ゆっくりと与えましょう。そういった愛情も、また、表裏一体の物として必要不可欠なのです。二つで一つ、どちらかが欠けては成り立たない。

五十九人、遂にママ達の人数を通り越してちょっとした集落以上です、それでも放置は出来ませんよ、産まれたばかりの赤ちゃんは産まれ落ちただけでは生きることすら出来ません、必要な物は? ミルクも必要です、温かいベッドもあれば良いでしょう、でも、何よりも大切な物は愛情です。

女が母になるのなら、男は父になる。
表裏一体の愛情は互いの存在が必要不可欠、ならこの二つ、何より大切なのは表裏互いの生を喜ぶ祝福の心か。
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