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彼岸SSS:とんぼのめがねはぴかぴかめがね~♪ [小ネタ]

彼岸SSS
とりのす

登場人物:おじさん 青一色の眼

(誰だか内緒)
(鳥人間コンテスト)
(はてさて何処に行くのやら)







とりのす



こんな乗り物はこの世にある訳が無い。海、陸、と来たら次は空かとは予測が付いていたが、まさかこんな鳥人間コンテストに乗る事になるとは思わなかった。車の外枠全てを切り取って、その上からビニールで作ったカプセルの様な物を被せ、木枠で作った羽の付いた自転車……仮に鳥人間コンテストに出たとしても、最初の五秒で落ちるであろう機体は俺の観察が滑稽に思える程に空の旅を続ける。因みに、運転席らしい物には誰も座っていない、此処にいる誰かは遂に操縦まで投げ出したか。
長く急な上り坂を上がりきると、その先はまるでバターを熱したナイフで切り取ったかの様に水平な凹凸の全く無い崖に突き出て、何も無い陸の代わりに延々と広がる空に向って人力車が飛び出したかと思うと、唐突に空の旅をしていたという訳だ。思えば最初の時もそんな感じだった、何の景色も無い船旅が終着点の奈落に着くと、唐突に俺は陸の上に投げ出されていて、そのまま半分は強制的に人力車の旅にご招待……ああ、あれは心が痛んだ。今度のパイロットはやる気無く俺の座る後部座席に座り、今は外した瓶底眼鏡の相手をしている。

周りの景色を見て時間を潰そうと思っても、見えるのは白い雲と青い空のみ、夏はもうとっくに終わったというのに此処だけ切り取ったかの様な夏色で、最初の六時間程は悪い物とは思わなかったが、流石にそれ以上になると飽きてきた。執拗に眼鏡拭きを使うそいつに目を向けるが、そいつは俺に興味を見せることは無く只管眼鏡を拭くか、眼鏡を拭いた眼鏡拭きの埃を叩くかのどちらかしかしない。俺は一般人から考えれば退屈に強い方だと自負しているが、こいつの場合は何かに憑り付かれているのではないかと思う程だ。忍耐強いのか、それとも普段からそれ以上に人生退屈しているのか。
まあ何をしても無駄だ、仕方が無く雲の無期限観察を続ける、肘掛に突いた頬杖の形はちょくちょく変えているがそれでももう肘が痛い。長身をぐるりと丸めて寝転がる元パイロットは、最初は俺と同じ様にきちんと座る形を作っていたというのに、今となってはその長身をぐるりと丸めて仰向けに寝転がり、俺はそれに追いやられながら雲の観察と言う訳だ。ああ、あの雲は、なんだ、あれだ、なんか動物に似ているな。こいつが誰だか思い出せない、それでも思い出せる内から引き出した情報によれば、こいつの裸眼をこういった形で見るのは稀だ。
きゅ、きゅ、眼鏡のレンズがそんな音を立てるなんて、普通、そこまで磨き抜く前に割れてしまうのではないかと考える。長すぎる爪、薄すぎる指で傷付けない様に指の腹を使う様子は手馴れた物で、これだけは見ていて適当な期間飽きずに済むだろう。俺に対して何の興味もないという点、空を暢気にぷかぷか浮いている雲と変わりが無いが、此方は水蒸気の塊と違って実体がある分興味をそそられる。自分の興味を強引にそいつに移すと、先程から一言も発しない眼鏡好きな元パイロットの観察を始めた。
……何と無く言ってみる、「何か喋ってくれ」、喋った。俺はこの体感時間五時間の間、何をして居たんだ。「なんかくれ」……聞き間違いか? 眼鏡を拭く指を止めて青しかない眼が俺を見るが、また興味なさげに手元は眼鏡に戻る。空を流れていく風景、長い間見続けていると前に流れて来た雲と同じ形の雲が流れてきて、この空は一定の感覚でループしてる事に気が付く。あ、あの雲はもう四回は見たか。「なんかくれ」聞き間違いでは無かったらしい、まるで浮世から完全に切り離されたかの様な様子に、あまりにも俗物的な発言が不釣合いにも程がある。

「選べなくなるからなんかくれ」

なんかくれ、言っているのが目の大きな子供だったり、モフモフした可愛い生き物だったりしたなら許されるセリフだろうが、大凡子供と呼べる歳ではないそいつが物を求める言葉にしては些か幼稚が過ぎる。更に二度目の「なんかくれ」眼鏡拭きで眼鏡のレンズを抓んだまま、右手を差し出してわしわしと握ったり閉じたりしながら、青一色の眼はやっと此方を見た。ぱたり、と飽きっぽく面倒が嫌いなそいつの手は落ちたが、眼鏡を拭こうとはしない。こいつはあまり目が良くなかった、この距離からでは俺の顔を視覚する事は出来ていないだろう、よく見ると目が泳いでいる気がする。
くれてやるとも、くれてやれる物があるのなら。ポケットをひっくり返して中を探っても、入っているのは無駄に忠実に再現された糸クズのみ。試しにこれでもくれてみようか、何を寄越せといわれている訳では無いのだから。「言っとくが、絡まった糸クズなんて渡したら八つ裂きにしてやる」お早い忠告ありがとう、ポケットに突っ込んだ手で糸クズを集め始めていた俺の背が、本気を感じて冷や汗を流した。今触ったら手の平が二つになるであろう長い爪を口元に運ぶと、まるで研ぐ様に、そこに沁みた味を名残惜しむかの様に舐める。この次点で可愛いからは外れるな。
俺が肘を乗せていた場所に前触れ無く踵が降って来た、避けないとこのまま肘を蹴られかねないので譲る、どうせ痺れていたんだ。また、なんかくれ、と言われる。その動作の後だと指でも食われそうだぞ、いいね、指、おじさんの指なら大歓迎、十本くれたら洗剤つけちゃうよ。喉奥でくぐもった笑い声を上げる様子は冗談めいているが、同時に牙をがちがちと鳴らす音は血肉を喰らう本物の狩猟者の物だ。恐らく今口元に指を持っていったなら、四方から閉じる作りになったこいつの本性の口で手首ごと喰われるだろう。「別に……腹減ってないけど、なんかくれ」無駄死には勘弁してくれ。
夢の中なんだからケチケチするな、また子供の様な言葉使いに、今度は頬を膨らませて……いやそれ、別に可愛くないんだ……それよりも、言っていいのか? その夢で遊んでいる当事者達すら汗をかいたり血を流したりしていた、こいつの言う通りにホイホイと腕なり何なり食わせれば、文字通りの大出血大サービスが待っているのだろう。「血の一滴まで舐めるから」夢の中で死ぬのは御免だ、断る。「そんなに渋られると選べなく鳴っちゃうから、早くなんかくれ」、傲慢な動作で足を組んだそいつは、早く早くと何かを寄越す事を急かす。

「全く同じ物の中から自分の目当ての物を見つけるには、見つけるべき物に跡をつけとけばいい、さ。なら、全く違う物の群れの中から目当ての物を見つける時困る、付けたマークにそっくりな模様がある奴とかいたら凄く困る」

自分って用心深いだろ? 得意げに笑う様子は、内容の論理性の無ささえもう少しまともだったなら、とりあえず形だけでも褒めてやる所だった。俺がお前を食べるってのは如何だ、と後先考えずに言ってしまったのは後悔したが、それは痛いから嫌なんだそうな。自分の痛みを知る人間は人の痛みも解るという言葉、最初に唱えた人間はとても幸せな人間だったのだと、今心から思っている。青と赤の物なら簡単に見分けがつくだろうに、赤と青が黄と緑の二つになった時に困るよ……困った、大分頭が痛くなってきたので、外の景色を見て気を紛らわせる事にした。俺を退屈に戻してくれ。
なんかくれ、だからなんかくれ。心情は本能、欲しければ毟り取る……の割には大人しく眼鏡を握ったまま、面倒臭がりな爪は形を潜め、動いているのは牙を鳴らす口だけだ。「無理矢理じゃ後に残るのは傷だ、治ってもそれは痕だ」、俺が進んで俺の体の一部を差し出せと、また無茶苦茶な……そういえば最初に川を渡った時に破った服の裾は破れたままだ、つまり、此処で腕だの何だの無くせば、そのままの状態で次に行く事になるのか……無理に食われそうになったら、腕よりも耳とかを喰う様に言うか。
他のと混じったら大変じゃん、だからちゃんと解る様にするんだ、混じり物なんて消し炭にしてやる。ほんの一瞬、青一色の眼が同じ様に赤一色になったのが見えた気がするが、熱が引く様に目の色は元に戻る。同じ様に何故か俺の体温もカッ、と上がった気がするが、深く追求するべきはそこじゃない……鳥人間コンテストは順調に空路を進み、このまま行けたならば多分、こいつが何を言った所で目的の道には居る事が出来るだろう。だが、此処まで話を振られては気になる事もある、話を聞けば聞くほど自惚れた気分になるが、それなりに俺はこいつに慕われていると思っていいのだろうか。
子供の様な、と俺が認識しているということは、普段のこいつは普段から今の俺が思い出せない程の立ち振る舞いをしているのだろうか、それなら俺の記憶が明日まで残っているか如何かさえも解らないが、剥き出しの青い眼と同じ様に、この貴重な何やらをちゃんと覚えて置く。「ちゃんと覚えててな、自分一人覚えているだけじゃそれは痕、二人で覚えて印」ああ、理由や意味はお前の考えと全く違うだろうが、たった今覚えていようと思っていた所だ。ついでに覚えとくよ。

「頭の中にマーク付けとく、ちゃんと選べるように」

空路の終わりはまだ見えない、この椅子の座り心地は良いがいい加減にしないと尻が如何にかなりそうだ。そいつの手を取ると、まるで抜き身の白刃の様な爪を前髪に当てて引く、相手が抵抗する等して一歩間違えれば目やら何やらが切れていただろうが、幸い怠惰な相手は切り落とされた前髪を握り締める。小首を傾げる不思議そうな顔、髪の毛だって体の一部だこの野朗。突然だったからな、手の平に入りきらなかった短い黒がパラパラと膝に落ちたので、それを床に払った。ああでも、その顔と仕草、それは珍しくない気がする。
剃刀が額の上を通り過ぎるような感覚は、俺の生理的防御本能を振るわせた、次にやる時は是非ただの鋏にして頂きたい。もし、また髪が伸びて、これがお前の印にならない日がやって来た時は、また一房切っていけばいいさ。
そうだ、俺はこの青一色、その色の深さより深く覚えている。
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