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本日一族はお忙しい模様です。 [小説]

擬人化じゃないSSS
猫缶人缶

おじさんがちょっと御乱心なさっております。




静かだ……。がらん、という効果音が良く似合いそうな目覚めから、しーん、という逆に耳に痛い静寂の中すごして数時間が経過。目が覚めた時誰も自分を起こしていない事に驚き、時計が夕方三時過ぎになっていた事に我目を疑ったが、同居人達が「明日はちょっと出るね」と言っていたことを思い出して、虫の声以外には何も聞こえない事の有り様を理解した。
雨戸を開けるとむっとした雨の匂いと、水を吸って重そうな槌が、白日の太陽に曝されている。この調子なら庭がぬかるむ事も無く、俺が何やらを手伝う必要も無いだろう、雨戸は二つ開けた所でめんどくさくなって止める。なんだ、妙に腹が痛いと思ったら俺は腹が減っていたらしい、こうしてあいつ等が留守にする事は今に始まった事ではなく、全ての時で食事程度は用意してくれていた。板の間の床が軋む、別の何かが他に乗る事も無いから、ちょうど俺の真下でのみ。
もうこんな時間になってしまったが、折角今日は孤独を謳歌できる日なのだから、何かしら特別な事でもしてみようか。何をしても他人に見られないのだから、何をしようが別に問題にはならない、隠しカメラでも無ければの話だが。隠しカメラ、という単語を思い出して周りの適当な物を探る、廊下に置き去りにされていた座布団、横切るついでに放置されているお手玉、そこから脇に入れば直ぐの所の小型冷蔵庫。こうして見ると、ずっとそこにいた物がパッ、と突然消えてしまった様見える。
台所へ行く道筋も大分慣れた物で、こう広く最初は迷ったりしてその度に、タイミングを合わせたかのような登場の仕方をする同居人に、白々しい偶然の言葉を聞きながら愛内されていた。一瞬、振り向けば誰かが居るのではないかと勢いを付けて振り返る、誰も居ない。何を変な気を起こしたんだ、そう思ってまた首を元に戻して……もう一度勢いを付けて振り返る、誰も居ない。異様に広い屋敷、そのがらんどうな様子が余計に、この場所には俺一人しかいない事を自覚させる。寂しくは無い、だが何故か味気無い。
明け方の雨の所為で湿気の強い空気は部屋中に広がっていて、台所という水必須の空間は余計に湿気て、妙に冷え切ってはいるが毛先が濡れる様な雰囲気だ。純和風な日本家屋に、機能美だけを追求して無理矢理住み良い空間にしたこの屋敷の中で、この台所が一番無茶苦茶をしていると思う。人影が見えた気がして其方を見る、レストランの厨房にでもありそうな大きな冷蔵庫に自分の顔が、歪んで移っていた。数日前までは普通の蛇口だったが、今となってはシステムキッチン……二つの冷蔵庫の内、『チンして食べてね』と書かれた方を開けて、中身を取る。
足に何か柔らかい物が触る、にゃあ、そうだお前が居たな。取り出した物以外に、要冷蔵という生意気な肩書きの付いたキャットフードを取って、扉を後ろ足で閉める。ビニールパウチされたこれは、適当な皿に盛り付けてやらなければ食べられない、処がこの猫が普段使っていた皿が見つからない。自分の食事を俎板の上に適当に乗せて、何か代わりになりそうな物を探すが、探しても見つかるのは人間用の皿だけだ。足元を猫がごぁーごぁー、と先程の可愛らしい鳴き声が嘘の様なふてぶてしい鳴き声を上げながら、うろうろと纏わり付く。考える事が面倒だ、今指に触った平皿に盛った、洗えばなんとかなるだろう。
パウチを裂き、『トロ100%』のパッケージを押して皿の上に開ける、そいつは一気に俺など興味を無くしてまだ半分宙に浮いた皿に前足を掛け、その先に付いたゼリー部分を丹念に舐める。さてはあいつ等、こいつの飯を用意するの忘れてたか少なく盛ったな……床に陶器が置かれると同時に、食事風景は猫の頭で見えなくなった。ああ、そういえば適当に掻き混ぜてから食わせろって書いてあったな、キャットフード。今更手遅れだが。椅子を引いてそこに座る、立っていたのだからレンジに自分の食べる物を入れとけばよかった、これも後の祭り。もう一度立つのが面倒だ。
あぅ、えぅ、と妙な鳴き声を出しながら食事をする猫、人間でいう所『いやー、このトロの脂の照り、正に職人技ですねぇ。良い仕事してますねぇ』とか言ってるんだろうか、ああ、こいつはメスだったな。尻尾が上に向って元気に立つのは機嫌が良い証拠らしい、色々な物が丸だしになった尻を観察しながら、テーブルに頬杖を突いた。今日の俺の飯は狐色に揚がった皿うどん。しまった、あんかけも出すのを忘れていたじゃないか。
急いで食べたから物足りないらしく、皿を真っ白にした猫は顔を上げてまた可愛らしく、にゃん、と俺の方に歩いて来た。こうやって俺がぼやぼやとしていた所で、別にこの猫が人間になって俺の代わりにあんかけを冷蔵庫から取り出して、チンしてくれる訳は無いのだから、俺はさっさとこの面倒臭がる思考を元に戻した方が良い。元からこんな感じだった気がするが。裸足の足に肉球、何かと思えば猫が俺の方を見てまだ鳴いている、飯をよこせという事だろう。ああ、なら俺の餌をついでにやろうな。
立ち上がろうとした俺の膝に一度、次は肩、猫が飛び上がった。俺が完全に立ち上がる頃にはその目にも止まらぬ早業で肩に鎮座した猫、俺の耳にむずむずと髭を押し付け、進めとばかりにごぁーっと鳴く。こいつ……思えば同居人達もよくこいつを肩や頭に乗せていたが、ったく、よくも変な癖をつけたものだ。結露が出始めた皿うどんを手に取って、レンジに押し込みスイッチを押す。そういえば、レンジで猫を乾かそうとしたバカが居たらしいな。
再び冷蔵庫の前、また『トロ100%』に手を伸ばすと不服そうに頬を叩かれる、猫の力とはいえ、指の間からはみ出た爪が当たって痛い。今度は見るからに新鮮その物、と言った風なデザインの『ホタテ100%』を手に取る、何もされない。くそ、誰だこんなに甘やかしたのは。パウチを裂く、当然ながらトロ100%とは違う匂いに肩の猫が床に飛び降りて皿の前まで駆け足で寄った、猫の餌って何でこんなに良い匂いがするんだろうな……人間の食べるツナ缶と大して変わらない。ツナ缶にはホタテ等使われていない、が。
適当な箸を取って、今度はちゃんと解せる様に…………誰も居ないなら、誰もいない時にすべき事がある筈、孤独を自由に謳歌出来ている今、俺の行動を見てそれに何かしらの影響をされる人間は誰も……俺は何を地味に人間を止めようとしているのだ、箸で開いたパウチの中身を一抓み、見た目は本当にただのツナ缶と変わらない。猫が俺がこれからしでかす事を察したらしく、激しく鳴き声を上げている。悪い、一口だから。今度だけだから。



美味しくなかった。引っ掛かれた足の甲が痛い。
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