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SSS:つまんねー大人と怪物の子供 [小説]

待ち人来たれり

登場キャラ:おじさん 十六夜の者

☆度:★★★☆☆
(そういうのが好みなんですか)
(よかったね、おじさん)
(最後何してたかは内緒)
(お腹に影響は無い事だよ)







たれり



屋敷内の散歩をしながら歩き回っていると、様々な発見をする事がある、無理矢理連れてこられたとはいえ一応は自宅だというのに、此処は俺の知らない事の塊の様な場所だ。例えばさっき、庭に一輪だけ狂い咲いた山百合だとか、障子を張り直した所が一部禿げているとか、台所の壁に人間の形の沁みがあるだとか……廊下の突き当たりのみ、壁が比較的、不自然に新しく盛り上がっているとか……。兎に角、色々と知りたくない事を含めて此処は発見が多い。
同居人達に対する発見もある、俺は今までこいつ等とは俺が仕事に行く間は出くわす事がほぼ無かったが、この自宅監禁生活では当然の如く、四六時中こいつ等と共にある事になるのだから。こいつと突然出くわした時は、もしやまた頭からバックリやられかねないかと身構えた。悪いが膳を台所に持っていくのは遅れるか? 正気な時もあるというのは知っているが、何度か食われかけた身としては、最低限の危機感は必要物としてこの先一生握っているつもりでいたい。
もし何かあったなら、即座に逃走可能な準備を整えた俺を見て、そいつは「もうお腹いっぱいだから平気だよ」と、一つだけの目で苦笑した。ならお言葉に甘えて。食事に遅れて一人で食事をしている俺を寂しかろうと思ったらしく、そいつは此処に馳せ参じた……と、本人の談。嘘では無いだろう、こいつは嘘を言わない、嘘を言う意味すらも無い。急いで味噌汁を飲もうと、一本だけ妙に硬かった繊維を噛み千切ろうとする俺を前に、そいつはゆったり部屋の隅に置かれた座布団を拾って座った。
足を崩して、出来るだけ楽な格好で座るそいつの腹は五人の命を宿していて、普通のこの頃の妊婦よりも大きく膨らんでいる。一番の発見、最近動く様になった。重そうな腹に手をやりながら座る様子は、先程俺にぶつけた危機感等無縁の物に見えて、一度も人間を見た事無い何かが人間の形を作った様な手指は、俺に襲い掛かって来ない時は大して気にならない。口の中の物を飲み込む、茶葉の匂いがして熱い茶が出されたので、ありがたく受け取って飲む。こいつが台所に立つ所は想像出来ないが、茶を入れるのは上手い。
最近胸が大きくなったのを境に、俺はこいつのみならず、今身重になっている奴等の事をどうも反射的に女として見ているらしく、また茶を飲みながら「これだけなら良い女なんだがな」と考える。人間の作りは薄情な面が多すぎるが、今度もまた視覚的効果という物は絶大だ、胸が生えただけで女だからな。進められた二杯目を受け取る、昨日から雨戸が締め切られているのは、何でも台風が来るかららしい。台風が直撃する地域にこの場所があるのかを聞くと、意味ありげに手振りをされた、きっと意味は無いだろう。こいつはそういう奴だ。
折角の台風が来るなら直撃を、最近そう呟かれても気にしない精神力を身に付けた、どうせまたこいつ等が局地的に、それこそこの家の周囲のみ台風真っ只中になる様にとか、そんな芸当をやってのけただけだ。何をいわれても俺はそれを止められないし、方法を教わったとしても俺が台風を呼べるとは思えない、それならそっとしておくのが一番だ。それにしてもこう締め切っていては、日光が入らなくて開けた作りのこの家はほの暗く感じる。「外で布団干しが出来ないから、広間にシーツを沢山干してて楽しいよ」まるで旗の様に靡く様子は、とても不思議な物だと熱弁されて、今日の朝の予定が出来た。

「困ったなぁ、僕が君を見失ったら困るなぁ。
君が芥子粒に戻ってしまったら、私は如何すればいいんだろう」

食べて終わったら膳は片付けておいてあげるから、今シーツで遊んでいる子達の相手とか、よろしくしてほしいよ。そんな正気の会話と共に、男の声で発言されたそれはある意味何時も通り、本人の登場よろしく突拍子も無く意味不明の意味を吐き出す。最後の沢庵の歯応え噛み締めながら、同時に二つの言葉の答えを考える。片や、限界にならない程度にな。片や……もう少し悩ませてください。文字通りに真っ赤な目は愛しむ様な目をしていて、真意は掴めないが、最後に残った小鉢の中身を進めても断られたので、また戻った訳では無いのだろう。今がとても平和なので、そういう事にしておく。
俺は自分自身の記憶をどれだけ漁ったとしても芥子粒だった頃は無いので、きっとこいつはまた何か変な妄想をして、その変な妄想を仮定に話しているのだ。俺が経験していて俺が忘れている事態、という事もありえるが、こいつ等はそういう事は話さない。気が付くまでに長く掛かってしまったが、こいつ等はそう言う意味でフェアなのだ。今居る俺にしか興味が無い。小鉢の中身、底の方に一塊になって色が濃くなった高野豆腐を食べて、濃い味をまた濃い茶で飲み下すして食事を終わらせた。
こいつは俺が返事をするまで勝手に喋らない、静かな方が良いのだったら永遠に口を聞かずにいれば、永遠に口は開かない。体や態度で示す訳でもなく、ただじっと俺の様子を見ている。広間のある方から子供の笑い声がして、膳の簡単な片付けを始めていたそいつは腹の下に手を入れて、下から上へと一撫で。畳がじゃり、と音を立てる。転ぶ等した最悪の事態を考えると夜も眠れないので、此処は俺が片付けるから自分は何もするなと言うと、また何も言わずに、にこ、と笑う。こいつは気が付いているだろうか、腹を撫でる以外にも、自分が常に腹の下に手を置いている事に。
仕事を取られたそいつは、俺が自分を気遣っている事に嬉しくなったらしく、小鳥が威嚇する時の様な声を喉から出して、口を開けるが、直ぐ閉じた。「危ない危ない、また食べたくなってしまった」腹はいっぱいの筈じゃあなかったのか、足を直してその場に座るそいつは、その後も黙って何も言わない。解っている、腹が減っていても食べたくなる時も時々あるんだったな。ありえない事こそがありえない、こいつ等に出会って学んだ事の一つとして、俺の今この目の前で実演されている。
戯れに、食いもせずに、同種を喜々として殺す蜘蛛の名は、本当につい最近知った。「そんな事ありえない、って言っても無駄なんだろうな」相槌を打つつもりでそんな事を言う、帰って来た返事に直ぐにそいつは返事をしない、俺の返事を待つ間は自分の言葉を吟味させる為の間で、こいつはこいつで自分自身の間を勝手に取る。そいつに茶を勧めてみたが、俺の煎れる茶は苦いらしい、やんわりと首を横に振られて断られた。最近本体と味覚が共有され始めているのだとかで、あまり苦い物が食べたくないらしい。冗談のつもりで「胃液や胆汁とか飲めなくなったのか」、そう言うと凄く良い返事が帰ってくる。

「そうなった時は如何しよう、きっと俺は何年でも、何百年でも君を探すよ」

最近良く笑う様になったそいつの顔に手を伸ばす、褐色の肌は前よりも生き物の匂いを濃く、そして格段に表情が増えた。これは俺がこの場にずっと居る事が増えたからだろうか、それとも、俺が何か行動を示したからか。自惚れ屋と呼ばれても構わない、俺はそうだと思い込む事にする。謙虚な事は実に良い事で、どこぞでは美徳の一つとして上げられているが、腹の子の父親が自分が父である事を自覚せずにして何を自覚するというのだ。美味い茶を出してくれる誰かが居て、それが自分に少なからず好意を持っているというのなら、それが宇宙人だろうが妖怪だろうが関係……少々引く事態に陥ったとしても、問題にはならない。
俺に頬を触られながらそいつは、困った様に、「人間って皆同じ顔に見えるんだよね、うん」と、一人勝手にこくこく相槌を打つ。こいつは困っているのではなくて、心配をしているのではないか、下げられた眉の部分を指で触って、平らになる様に何度も何度も撫で付けた。前はこうして触る事すら、俺自身でしようとはしてなかったんだがな……何が要因だろうか。もしかしてこれは夢か、それとも何か変な物でも食べて自分の気が狂った事を自覚してないか。俺が眉を撫でる軌道を上目で見続けていたそいつを覗き込む、最後の最後に飲んだ茶の如く濁った赤い目には黒い星が散っていて、一つ二つと増え、三つ四つと消える。
そういえば、子供が宿ってから腹を撫でる事は頻繁にあったが、こうして、まあ、アレな理由以外で頬を撫でたりはあまりしたことが無かったな。外人から見た黄色人種が全員同じ顔に見える要領か、それとも捕食者から見た了見なのだろうか、重要なのは俺を映している目に俺が如何映っている……か、は重要じゃないな、大して。そんな物は自分それぞれの主観だ、俺が誰を如何見ているかがあまり知られていない様に、こいつが誰を如何見ていたとしても、俺が如何思っていたかに全ては決定されてしまう。
こいつの表側に居る奴の細い体を見て、本当に子を産み落とせるのかを心配になった事があったが、こいつはそれを如何考えている……と、思った時に口を出された。「心配は無用の長物」表情に出ていたらしい、長物ということは一応はありがたがってくれているのか。何年、何百年、途方もない数字は中々本気に聞こえない物だが、こいつの場合はそれが本当の事になりそうに感じる。ああ待てよ、こいつが探すという事は、こいつと俺の子も俺を探しに来るのだろうか。……仮に地獄の釜に隠れたとしても、軽々と見つけられる気がする。
怪物の形をした手が俺に伸びて、俺のサングラスをカチリ、と叩く。「そして見つけてみせるから、待っててね」そう、それでこそ。何か違和感の様な物を感じていたが、それはこいつ等が普段俺に対して全くの意見を通さずに、常に俺の全てに対して完全な決着を叩きつけてきたからだ。仮に今居なくなったとしても、あと数ヶ月後には一緒に探す心強い子が居る。冗談めかした言い方。正座を崩したような座り方をして、両手で我が子の居る腹を抱く様子は……そうか、胸が大きくなったことよりもこれが俺の考えを変えた、この顔だ、言葉で言い表せないこの顔が。今度は抵抗も考えなかった。
俺は気が触れたのか、それとも完全に全てを諦めて投げ出したのか、仮にそのどちらもだったとしても俺は構わない、いや、どちらでもなくこれは自分自身の意思で此処まで辿り着いたのだと断言出来る。この自覚は何度もした、その度にこうして言葉にせずに心の中でずっと持ち続けては、またあやふやな何かに流されて。今度はサングラスではなく、眉の辺りを撫で始めたそいつはまた心配そうな顔をして、俺とこいつとは眉を撫で合う格好になる。これはまた、妙な。それでも心地良い。「安心しろ」胡座にしていた足を崩して、膝立ちの体勢になってそいつから手を離す。
何度誓う事になるのだろうか、何時になったら言葉に出来る様になるのだろうか、それをこいつに聞いたとしても俺が何とかしなければ何もならない。俺にはこいつ等の様に便利な超能力なんてない、くだらないの人間の男なのだから。外した手をもう一度そいつの頬に、目線の下の俺の子達は見ているだけで俺に幸福をくれるが、こういう時に物理的な意味で邪魔だと思うのは男の理屈だ。出来る限り間を詰めて、そこに触る、これも最初にした時は無理矢理で、まるで死体に様にとんでも無く冷たく、血の臭いがしたというのに。今はこれが精一杯。

「俺がお前に向って叫ぶから、一瞬だ」

目を瞑れ、やだ。このやり取りを三回して、折れたのは俺、格好良くやらせてはもらえない。
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