SSブログ

お題:逃げ出したいほどの罪悪 [小説]

生物境界線

登場人物:目の子 唯我独尊の子

DV度:★☆☆☆☆
精神有害度:★★☆☆☆
(軽めの血液描写)
(唯我の暴言は控え…め?)





しとしとと雨が降る日だった、部屋には水音とテレビのアナウンス以外しない。

『この最新型のメイドプログラムは、新型AIを搭載し、細々とした自力での判断を可能にしたため、危機管理を自動で行う事に成功しています』
『これによって、従来のメイドプログラムとは一線を画し、電脳世界でのガイダンス、家庭用機器のメンテナンス以外の様々な用途に使用する事が……』

そこでテレビはぶつりと切れた。

誰もテレビには触っていない、ただ気だるげにソファーに寝そべる女性が、本とリモコンを持って居るだけ。
テレビが消え、部屋には静寂が宿る、女性はそれで満足したかの様に、手に持っていたリモコンを自分の足に向って投げつけた。
それを誰かが受け取る、女性の足元に丁度跪く様に居るのは、白い髪の子供。
白い髪の子供は自分の眼鏡を指で押し上げると、少し不機嫌そうに抗議の言葉を投げつける。

「今見てたのに」

「手元が疎かになる位なら、こんな物要るまい……それに、自分に課せられた仕事もこなせない役立たずの腕も要らないか?」

女性はさも面白げに笑って見せる、だがこれを冗談だと思ってはいけない、彼女が本当に腕を切ると言ったなら本当に腕を切るという意味なのだ。
いや、今回は疑問系だから、本当に冗談なのかもしれないが。
子供の頭に白く細い足が乗る、片方の足を乗せる当人は子供の白い髪の感触を楽しむ様にぐりぐりと足を動かしながら、もう片方の足を子供の前に差し出して笑う。
足の指に白い髪が絡まり、指に力が入る事でそれらが強く握られる、頭皮が引き攣れ、ぶちぶちと何本か髪が抜けたか、切れたかした異音が子供の体に響いた。

「続けろ、この竈馬、早くしなければ此の侭足を振り下ろして貴様の汚らわしい脳漿を壁に塗り込めてやろう」

「はいはい、女王様」

そう言うと、子供は素早く受け取ったリモコンでテレビを点けると、女性に命じられていた事、女性の足を揉んで疲労を和らげる作業に戻った。
女性は、折角消した騒音が戻ってきた事に一瞬だけ嫌悪を浮かべたが、面倒なのか、また読書の続きを始める。

この二人は何時もこうだ、まるで従者の如く子供が奉仕をし、女性がその奉仕を受け、身勝手な我侭を言って従者に虐待を加える。

女性は、この子供に虐待を加えることで悦んでいる、この自分に似た子供の顔が苦痛で歪むのが楽しくて楽しくて堪らなく感じ、顔に出さずとも小さく息を吐く瞬間には絶頂すら覚えるのだ。
だが子供は何を思っているか解らない、だが奉仕する事を止めない彼もまた、この状況を楽しんでいるのだろう、何故なら彼もまた女性と同じく、自らに似た女性の顔に悦を込めて見る事があるからだ。

先程まで乗せていた足が子供に振り下ろされる、子供は小さく声を上げる、その強さは思いの他強い。
どうやら、子供はまた彼女の琴線に触れる事をしてしまったらしい、いや、ただの気紛れだったのかもしれないが。

「下手糞が、そこに触るなと言っているだろうが」

「ねえ、魚、綺麗だと思わない?」

子供が指差して見せたのは、部屋の片隅に置かれた水槽、水槽の中には小魚以外居ない。
ただ、何かコケの様な物が満遍無く生え、小さな小魚と、良く見ると海老の仲間の様な微生物が蠢いている。

実はあの水槽の全ては、この世界の物ではない、彼らもまた電子の世界の住人だ。
プログラム、専用の水槽を端末と繋ぐ事で、擬似的な生命体を飼育する事が出来る、上手く育てればアクアリウムに出来ると言う寸法だ。
もっとも、このプログラムを作った人間はこんな小さく綺麗でもない小魚を飼う為に使われるとは思っても見なかっただろう。
あれは何時の時か、この家に住む仮面の子供が、この水槽を家に持ち込んで来た、その時以来あの場所にあの金魚撥は鎮座し続け、末の妹が少し興味を示す以外は、誰も大して気に止める事も無かった。

「ああ、そんな物もあったな、だから如何した、元から腐りきった脳に蛆でも湧いたか?」

「アクアリウムってさ、別に綺麗な物じゃないんだよね、本当はさ」

アクアリウムとは、本来は海の再現を目的とした物である。
海の再現は突き詰めれば生態系の再現、藻を食べるプランクトン、プランクトンを食べる小海老、小海老を食べる魚、魚の死骸を養分にする藻。
完全に完結した世界、それを作るのが大本の目的として存在し、一般化されたのが美しい魚を観賞する為の今のアクアリウム。
だが、其処にある水槽は、原初のアクアリウムと同じ物だ。

「ああ、だがこれは疑物だ」

そう言うと、女性は子供の頭に乗せていた足を子供の頬に強く押し付けた、足の裏に子供の柔らかい皮膚と、その下の肉と脂肪の感触が伝わって心地良い。
子供は押し付けられた足に手を伸ばすと、自ら足を自分の頬に押し付けた、女性の甘い匂い、良く手入れのされた脚は目で味わうだけでも美しい。

女性は呟く。

「神は自らに似せて人を作った」

「そうだね」

それは自分達の事だ、自分達は母の胎を借りず、水銀の混ざった血液を体に流し、それでいて人と同じ姿を取って思考する。
神の歴史に当て嵌めるなら、そっくりそのまま模写したかの様に良く似ていた。

「そして今度は人で無い物も、零から実のある一を」

「随分回りくどい言い方するじゃないの、何が言いたいの?」

「此処にあるはずの無い偶像が居て、電脳の世界の物が生まれ、電脳の物が現実に実体化する」

今この世界は、電脳世界と言う第二の世界、現実と違い、無限に拡がり続ける世界を発見し、急速に全てが発展し続けている。
そう、人の脳に端末を埋め込み、専用の機械やリヴリーの手を借りる事無く簡単に電脳世界へ行く事が出来る技術も、一般化はされていないが開発された。
小耳に挟んだ話なら、既に軍事用として実用化した国もあると言う。
今この世界の人間は、見たことも無い玩具を投げ入れられた子供の様な物、全てに対して興味を持って、何も考えずそれで遊ぶ。

「人が電脳の世界に近づくなら、何時か現実が、此の世が俺達の物になるかもしれないな」

現に、この世界での自分達の全ては人間に近付きつつある。
人外の思考を擬人化する物が現れ、電脳生物に人権を与えようとする物が増え、リヴリーと結婚を望む物が増え、それに答える制度が作られ始め。
我々の種族が、人間と同じになるのは近い未来だろう、だがそうなった後それに気が付いて、我々を排除しようとするのは人間だろう。
そして、淘汰されるのも。

子供は、女性の脚を握る手に少し力を込めると、頬擦りをする形になっていた足首にくちづけをした。
女性はほんの少しだけ眉を潜める、だが、その直後子供に顔に強烈な蹴りが見舞われる、蹴り飛ばされた子供は後ろに叩き付けられる様に倒れ込む。
『誰が其処までしていいと言った』構わず女性は寝そべっているが、無言の言葉がその蹴りには含まれていた。

口の中に鉄錆に似た味がする、子供はゆっくりと起き上がると、無造作に自分の口の端を手で拭った。
赤い、赤が手の甲に付着する、そして口の中に無限に湧き出る鉄錆、如何やら歯で口の中を切ったらしい。

だが、子供は別に傷に構う事は無かった。

「いいじゃないの、そんな事、どうだって」

見遣る目には、作り物の生態系が浮ぶアクアリウム、その中で完結した世界が回り続ける。
まだ血が止まらないまま喋る子供の舌は、朝摘みの苺よりも赤い。

「だって、これこんなに綺麗だもの」

「この阿呆が」

ソファーが更に力を込められて、ギシリと音を立てる、女性はその場から起き上がると、子供に近付き更に蹴り倒した。
蹴り倒された子供の頭が踏みつけられる、床と脚に挟まれて子供の頭蓋が万力の様に締め付けられる。

「貴様は俺様への奉仕が下手だな、この役立たずめ、これならあの出来損ないの座等の方が幾分か役に立つぞ、この忌々しく異臭放つ肉欲の奴隷め」

「なら次はもっともっと下手にやるよ」

「この阿呆が……!」

そう言うと、女性は嬉しそうに踏み付けた脚に体重を掛けた。


この世界が如何なろうが、例え滅ぼうがどうでもいい、自分は自分として生きるだけ。
生きていれば、自分として生きて行けるのだから。
電脳の世界が広がれば、それだけ金を欲しがるバカが増える、そのバカを食べて、自分が食べられない様に立ち回れば、自分は生きて行ける。


ただ。


この痛みと、何より冷たいあの男の顔まで幻影の世界の物になってしまうのかと思うと、ほんの少しだけ胸が痛んだ。

無限は、夢幻なのだから。





偽者が本物になっても、染みは消えないのだから。

生物境界線
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。