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ギーァの日常 [小説]






たまには


足を組む、頬杖を突く、首を傾げる、爪を噛む、人に癖あり、無くて七癖とはいったものだが、窓の外を見て黄昏ながらぼんやり足を組んだギーァの癖は眉毛を毟ること。理由は解らない。ただなんとなく、無意識の内に毟る、お陰で常に眉が薄くて悪人面。睫毛は抜かない、瞼を裏返す時の瞼と眼球の間に空気が入るような、あの感覚が嫌いだからだ。窓の外は真っ暗で、結露した窓ガラスと雨の音しか無く、幼い体では窓枠に座り込むとすっぽり体は窓に収まり、黒い風景しかしか見えなくなるが、孤独を望むギーァにとってはこの寂しい風景が心地良い。
黄昏るのにも少し準備が要る、窓にずっとくっついていると寒くなるから上着を着て、誰かに見つかると心配されるから誰かが来ない所を選んで、何も考えるネタが無いと結露で延々遊んでしまうから適当な悩みを調達してくる、準備は完璧、そして毟る、黒い眉毛がぶちぶち抜かれて、ぽろぽろ指紋の上から落ちて見えなくなる。尻尾に引っ掛けたバスケットから、厨房からかっぱらって来たパンとトマトで作ったサンドイッチを出す。トマトを適当にスライスしてありったけパンに詰めただけのサンドイッチ、齧ると次から次へ種と汁が出てくるので急いで吸いながら食べた。
この窓はとても好い、どんな部屋よりも風呂場を除いてギーァ一番のお気に入りの空間、この窓と窓枠の空間に水と食料と上着を持ち込んだら、自分は一生暮らしていけるのではないかと妄想出来てしまう程。先に耳だけ齧って食べておいた柔らかい所をむしゃむしゃ、指に付いた汁を舐め、次のパンを食べる前に同じ様に尻尾に引っ掛けた水筒からホットコーヒーを水筒の蓋に出して飲む。喉を通る度にコーヒーの黒が熱い血液に変わり、ぐるぐる色を赤く変えて体を循環して行く、そんな気がして、ギーァは体を冷やすのも好きだ。雨の中を飛ぶ、だとか。
ぐるぐる回り、ぐるぐる茶色の渦を描くコーヒーは、目を凝らせば見える窓の外の風景のようで、飲めば風景を飲んだ気がする。両足を縮め、前を閉じた上着の中に畳んだ足を入れてしまう、大人用の上着はこれだから良い、歩く時は不便だがこうして窓枠に収まっている時はとても温かくて好い物だ。水筒の蓋を元に戻す時、茶色の水玉が手指に跳んだので舐める、ほんの一瞬で冷え切ったそれからは口の中が温まりすぎて味を感じない。二つ目のサンドイッチはチーズとトマト、齧ってみるとトマトを入れすぎた割りにチーズを一枚しか挟んでいなかったので、チーズの味がしなかった。
口の中を舌でまさぐって、ギーァはチーズの味を探す、パンに近い所を舐めるとチーズの味がするので、うっかり吐き出したりしないよう口元を押えながら、もっと舐める。行儀悪く口の中をもごもごさせても良いのがこの窓枠の良い所。汁の付いた指で眉毛を抜こうとすると、種汁が染みて痛くて、指を放した今もギーァの眉は赤く蚯蚓腫れのようになってしまっている。かさかさ窓ガラスを撫でているだけだった木の葉が、強い風と雨に煽られてがつん、と派手な音を立てて窓にぶつかった。少し驚いたので、ギーァはとりあえず口の中に入れた物を飲み込んでから、適当に驚いた声を出す。
枝が窓を叩くのを止めた後も、何やらごそごそがたがた、人間の耳では聞こえない程度の物音が、屋根裏を誰かが通って行く音が。この家では別に珍しくないこと、寧ろあれは知る人ぞ知る第二の通路、大方ヴィンセントか誰か、また性的に意味で迫られて逃げているのだろう。下りてきた誰かが勝手に自分のサンドイッチを取っていってしまわないよう、そろそろとギーァは尻尾を引き上げ、裸足の脚に挟む。水筒が温かくて、冷えた足の指が表面に溶接されるような、じわじわした感覚が楽しい。暫くして音は小さくなり、遠ざかって聞こえなくなって行くと、ほんの少し残念な気分になって、尻尾をまた垂らす。
そういえばギーァも前に屋根裏を通って色々としたことがあったが、流石屋根裏というだけあって埃っぽく、口布を巻いていかないととても咽て隠密どころの話ではない。隠れる理由も無いのに隠れる必要は無いので、必然的に使わなくなった。今度はコーヒーにジャムを溶かして飲もうと思い、バスケットの中を探ってみるがジャムはあってもティースプーンが無い。仕方が無いのでジャムを傾けてコーヒーに入れ、溶けていない部分は唇に当たる度に口の中で溶かす。甘すぎる。入れすぎた。飲まないのは勿体無いので一気に飲み干し、ギーァは最後のサンドイッチを取り、食べ始める。
こってりしたブルーベリー味を焼肉サンドで相殺しながら、首を少し上げると結露した窓に自分の髪の毛で芝のような模様が付いていたので、二口目を大きく齧って指で丸く囲う。まりも。丸を描いたらひよこに見えてきたので羽を足す、羽を足したら羽が口に見えたので腕を足す、腕を足したら脚が無いといけないと考え、脚を足したら原型が解らなくなったのでぐしゃぐしゃ、と混ぜて丸く黒が鮮明になった景色を見た。時計が無いので時刻は解らないが、最近昼が長くなって、こうして夕食前に暗い視界を楽しむのももう直ぐお終いになる、だから今の内に黄昏溜めしておこうと、ギーァは上着の裾で指を拭いてサンドイッチにかぶりつく。
がぶがぶ、夕食前にしては食べすぎかもしれないが、折角作ったのだから構わず食べる、後で夜食か何かとして食べるという選択肢は無い。大きなサンドイッチ三つとコーヒーを胃に詰め込み、そろそろ物思いに耽ることを始めようとすると、途端に眠くなって来た。重くなってくる瞼をこじ開ける意味も篭めて、よく上着で拭いた指で眉毛を毟る、蚯蚓腫れが熱を持っていて気持ち悪い。冷えた窓ガラスにくっつけてみるが、冷えすぎて痛いので放し、顔を上着の袖で拭く。結露と窓の汚れの分、小汚くなった上着、元の持ち主だったオックスはそろそろ泣いて良い。ギーァは上着の中で背を突っ張って伸びをした。伸びの分上着が伸びる、泣いて良い。
唐突に、また屋根裏の表へ出る為のどんでん返しがガンガン叩かれて、その耳障りな音に目が覚めた。あれはノックだ、どっかのお行儀の良い誰かさんは律儀にも屋根裏から他人を訪ねて行く時まで、ああしてノックをしてから屋根を開ける。誰にも見つからない所は、見つかっても誰にも言い触らさないであろう奴だけが来る場所なら、誰も知らないのと同じ、いっそギーァに良い事を知らせてくれる奴だけが来るなら、なお便利。良いこと、晩御飯の時間を伝えにひっくり返して入って来たヴィンセントは、暫く窓枠に収まったギーァを見ていたかと思うと、上げっ放しになった口布を指摘されて下ろす。文字通りの屋根、天窓にぴったり嵌っていたギーァは、尻尾に下げた二つを落とさない様にしながら、まるで猫の様に身を撓らせ、ひらりと地に降り立った。

「何やってたんだ?」
「独りぼっち」

「楽しいのか? それ」
「いいや、全然」

「何で」
「強いて言うなら漢のレベル上げ、かな」
他にも真っ暗な部屋で全裸になって一人でゴットファザーを見ると上がるらしい。
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