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SSS:オクシーは大変仲良くされているようです。 [小説]






先ずは交換日記から


しぱ、しぱ、と猫が人の頬でも無意味に舐めているかのような、しっとり湿ってそれでいて肉感的なものが、同じ生身の皮膚の上を滑る音が室内に満ちている。白と黒の長すぎる糸溜りの中心、ソファーに座った客人、オックスは自分の置かれた状況に如何にかして抗おうと膝に力を込めるが、見計らったように腿に絡み付く固い尾。秒針の形をしたそれは、人工物を思わせる見かけ通りと掛け離れてしなやかに動き、見かけ通りに鉄や鋼のように硬かった。
コーヒーを煎れて来る間、子供にわさわさされては話が出来ない此処で待っていてくれ、と言われて壁に掛けられたそれが合っているのなら十分程が経過するが、家人達は一向に姿を現す様子は無い。ただ一人、こうしてソファーの周りに渦を描いてオックスを髪で取り囲み、右足首を只管舐めている彼を除けば。壁に叩きつけられる勢い投げられ、今は遥か遠くにある自分の靴と靴下見ながら、オックス深く長く溜息を吐く。しかし、水音が止む気配は無く、しぷ、しぷ、と美味くも無いであろう足首を彼は舐める。
あまりの気まずさを感じたオックスは、表情を窺ってみようと試みるも、白くもこもこふさふさの毛が完全に顔どころか全身を覆ってしまっている為、どんな顔をして人の足なんか舐めているのかも解らず、手指が触れる感触で踵に指が添えられていることが解った。オックスは一応なりとも客人だが、ほぼ初対面の人間にこうして足を舐められるような、それこそ媚を売られるような理由に心当たりは無く、思わず心の中で首を捻って悩む。心の中で、と思っていたのはオックスだけで、実際は髪も揺れない程度に現実でも首を捻っていた。
「どんな味がするのかな……俺味、とか」
返答は最初から期待していない、この屋敷の家人の一人であり、珍しく一般的な常識感覚の伴った彼の話を思い出して、思わず呟く。右足を一周、彼はそこだけを集中して舐める。古く痣になったその場所は、他のどの部位よりも皮膚が薄く引き攣れていて、痛みこそ無いが、唾液で溶かすように舐められていると時折鈍い痺れのようなものを感じる。まるで獣の様な動きは、捉えようによっては性的なものを匂わせていたのかもしれないが、オックスにはその行動が何故かそういった意味を持つように感じられなかった。
このまま放置しておけば、痺れは痒みに、痒みはその内痛みになるのではないか、本当ならもう少し手荒にでも振り払う方法はあったかもしれない。しかし、下から大きく捲ることの出来る緩い服の下、目に見て取れる程に膨らんだ腹部はオックスの彼に対する行動を制限してしまう。万が一のことがあったら、あまりにも寝覚めが悪い。まるできめ細かい泡に包まれるような、意識してそこの動きを感じると、唾液に濡れた舌は例えようが無い程に柔らかく、細やかな動きをしているのだと解る。
「……ひょっとして俺を労っているのかな」
体内に抱いている胎児と同じ、ぐるり、と手足を縮めてオックスの足に纏わり付く彼は、オックスの側から見ると白い毛が全身を被っている為、見様によっては大きな犬に見えた。獣が生きた何かを舐める時というのは、相手の傷を労る時。その痣は確かに深すぎる古傷の名残、ひょっとしたら彼はそれが解っていて、傷を治そうと傷痕に舌を這わせているのかもしれない。そう、オックスはふと考え付いた。腿に絡み付いていた尾が一瞬緩み、やっと開放されたかと思うと、また締まる。どうやら痺れたらしい。
手を伸ばして足元の白い髪束をオックスが掴む、見かけよりも質量のあるそれは、触れば確かにその心地良さが作り物じみていて、同時に覗いてはならない物への恐怖に似た生々しさが篭っている気がする。掻き分け、掻き分け、指先が柔らかい温かさにほんの僅かめり込んだのを感じると、そこには褐色の頬が。刺し込んだ光に少し目を細めはしたが、彼の赤と、額の金の眼はじっと此方を見ている。確証は無いが、きっと最初からオックスのことを髪の下から見ていたのだろう。
血の色を映した真っ赤な舌は忙しなく動き、オックスが手を伸ばして彼の髪の構いだしても変わらず、一束取ったものを勝手に三つ編みにして、更にはその三つ編みを三つ作って更に三つ編みにしても反応は無い。ただ、じぃ、とオックスに確かな生き物の視線を投げ掛けている。腕が疲れたのでオックスも手を伸ばすのを止めた。結ばれなかった三つ編みが解けてゆき、根元だけ緩く残る。ぴたり、彼は口を開けたまま瞼を閉じ、添えられていた指の感触が無くなった。
様子を窺う為にオックスが背凭れに埋めようとした頭を上げ、目線を向けると、彼は床に寝転がったまま、放した両手を自分の子を宿した腹部に置き、動かない。もう臨月間近まで膨らんでいるよう見えるそこに手が当てられて、薄手の服が更に寄せられたことで、腹部がもぞもぞ隆起しているのが見て取れる。蹴っているのだ、子が。すりすりと子を慈しむ様子は、良く見れば無表情のそれが微笑んでいるように見えて、オックスは知らず知らずに頬を緩ませる。ぽこり、と胎児の寝返りで出っ張った所を、指で抓み摩るように。
ふいに、赤い眼がぎらりと此方を向き、膝の上に置いていた手を引っ張って腹の上に押し付けられた。突然の事に驚くが、彼はぐいぐい押し付けるように腕を引き、オックスの手の平に胎動が伝わる。感じる、ぐるぐるとその場で手を曲げ伸ばししている子と、外の動きに蹴って返事をしている子、手の平に当たる確かなもの、内部から肉と皮膚を明確に持ち上げ動きが伝わった。こんな腹部を、それも身篭った無防備な腹部を人に触らせるなんて、犬でももっと警戒心を持つものではないだろうか。
服の裾から強く引かれるままに地肌に触れ、ざらざらとした妊娠線を越えて、張り詰めた腹部を直に触らせられた。もう一人その場でぐるぐる動いている子が、その三人の動きの間に一人分の空間があるように感じて、彼の体内には四人の子がいるのがより明確に。細腕からは考えられないような強力が止み、オックスの腕が自由に、それこそ何をしても制止されない状態になる。こんな、自分の最も弱い部分をいとも簡単に曝すなんて、本来ならこういったことは互いの事をよく理解した上、夫婦間等で、それこそ、互いの弱みまで知り合い信用し合える仲になってこそ。そこまで考えて、オックスはぶふっ、と少し間抜けな音を立てて噴出した。
「そうか、君は俺と仲良くしようとしてるのか」
今度はしっかりと自分から当てた手の平ににぽこり、と隆起した皮膚が当たり、胎児がオックスに返事をする。平を這わせていると、指先が彼の臍に引っ掛かり、無表情が一瞬眉を顰めた。そう、仲良くしたいから、それこそこの行為に違和感が無いほど深く知り合いたいから、弱い部分も何もかも見せる。考えるまでも無い答えに対して、オックスはそのまま肩を震わせて深く小さく笑い出し、彼は空いている方のオックスの手を取ると、クリームでも付いているのかというような動きで、ぺろ、ぺろ、と丁寧に薬指を舐めた。
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