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SSS:お眠いです。 [小説]

お眠りなさい。

登場キャラ:おじさん ロリコン
少し:三つ子 パチモン

睡眠度:★★★☆☆
(長く長く続くようなだらだらたらたら)







お眠りなさい。



あれからずっと、あいつ等の靴は何時も玄関に置かれたきり外へ歩き出す事は無く、俺の見ている目の前からも消えようとした事は無い。下駄箱の中に綺麗に、靴箱の中にまで丁寧に収められたそれは、もう本人達が外へ向ける意識が消えてしまったのではないかとか、そんな事を匂わせている気がする。
俺に子供が出来た、それも十八人も。いきなりの出来事過ぎるこれを報告された時は、己は夢でも見ているんじゃないかと思った反面、玄関先の敷居を踏む足だとか、やけに意識がはっきりとしていて、「養生して元気な子を産んでくれ」等と妙に的外れな事を行ってしまった。何かを疑う気分にならなかったのは、それ以上に俺がやった行為からだろう。そりゃ、あれだけやれば人間でも、だ。
正直な話、今の俺は五寸釘をしこたま踏んでも気が付かない程の浮かれポンチになっている。こんな風になったのは人生の中、一度か二度あっただろうか……いや、一回以下だ。幸福の長い余韻に取り憑かれている今の俺には、この先絶対に思い悩む事になるような問題も、その養生している六人が人間ではない事すらも、大した問題では無い気がする。これは気がするだけなので、後できっちり悩む事になりそうだが、それすらも今の俺には興味が無い事。
体を大切にする……という事なのか、この先どうなるかは解らないが、しないよりはしてくれる方が折れとしても心和やかに済む。またその内ふらふらと何処かへ出て行ってしまったとしても、前の様にそのまま永遠に出て行ってしまう等とは俺は思わないだろう。こうも全く不動だと、もう少し経ってからの話、多少体を動かした方が良いらしい事を教えたくなる。教えたら今から何をやりだすか解らないから言わない。
家事炊事は相変わらず甲斐甲斐しくやってくれているのだが、最近どうしても眠いらしく、今までなら起きている時間に眠ってしまっている事が多くなった。眠りすぎで悪影響が出た等という話は無いから安心だが、帰ってくると待ち構えていたかのように出迎えてくれる奴が居なくなると、心成しか寂しくなる。いや、いいから、そんなで迎え方はいいから。
帰ってきて直ぐ、扉を開けて廊下まで歩くと聴こえてきたのは、俺が聞いた事の無い様な音楽。遠くから聞き耳を立ててみるが、どうやら歌詞のある物では無いらしく、古く擦れたような周辺機器ごとの古さがそのまま音に鳴って流れている。ついでに音の取り様やら、俺が言うのもなんだがセンスやら、日本製の物ではない気がする。

「おかえり」

「聞いた事無い曲だな」

扉の向こうは居間、居間の隣は寝室。今そこでソファーの端から足を突き出している奴はいいが、寝室に眠っている奴を起こしたくないので、扉は開ける時も閉める時もゆっくりと。薄っぺらい防水加工のされた緑色のスリッパ、履いている足は反動をつけて起き上がる。一体何処から持ち込んだのだろうか、その横には大きな蓄音機……そりゃ、古いわけだ。それでも手入れはよくされているらしく、それは蛍光灯を反射して金色に輝く。
聞き耳を立てなくても、やっぱりこの曲に歌詞は無く、ピアノの音を主旋律にした長い曲が続く。これは子守唄なのだろうか。耳に優しいそれは、寝室を覗いて見たそいつ等の寝顔も解る気がする。何時もあんな死んだのか死んでないのか解らない顔は、確かに肌の色は死人色だったり、明らかな極彩色だったりもするのだが、生き物の表情をして寝息を立てて居て。体を気遣っているのか、激しく絡まらずに川の字になって眠る所は、最近になって初めて見た。一箇所だけ空いている、そこで眠ってくれ、ということらしい所に猫が丸まっているが、いざ寝る時になったら容赦無く退かそうと思う。
ソファーは埋まっている事だ、寝室と居間の境に座ってそいつ等の顔を眺める。今までこんな事をした事は無かったが、改めてこいつ等の顔を見ていると、俺がこいつ等の存在にとても慣れて、知らない内に居て当然のような物として受け止めていたのだと、そんな事を考えた。手近に広がっていた赤茶の髪に手を伸ばすと、毛先を梳く様にして撫でる。指が引っ掛かってしまって痛かったのだろうか、うー、と唸られたので手を放す。
縁の部分に座っていると尻が痛くなってくる……後頭部に何か投げつけられたので受け取ると、ひよこのビーズクッション二代目。一代目は何時の間にか行方不明になった。投げつけた奴、かったるそうに、今度は此方側を向いてソファーに寄り掛かるそいつは、投げた腕を下ろす。長い曲はどれだけ聞いても俺の知らない曲で、どれだけ流れても終わる気配が無かった。長い曲、まるで地面に水が沁みてゆくような、国語力がイマイチな俺にはそうとしか言えない。もっと学があれば詳しい事考えたり、言えたりしたんだろうか。

「た、胎教の基本は、おん、お、音楽っていうし、さ」

振り返っている俺に口の端を上げるそいつは、「時々動かさないと余計に調子が悪くなる」、金色の温かみのある質感をした光の先を見て、目を細めて居る。あれはこいつにとって割と大切な物なのだろう、顔がニヤけている。とても気持ちが悪い。頭頂部に立った若葉色の髪が、ぴよぴよと尺取虫の様に動く。本当にアレは髪の毛なのか?
顔が溶ける。それ以外にこの顔の形容詞が見つからないのは、文字通りにこいつの顔が溶けているからではないかと、顔面の筋肉の全てを液状、ゲル化させた様な顔で笑うそいつ。何故だか知らないが、こいつはこいつ等の腹に俺の子が出来た事が判明して以来、元から妙にベタベタとしてくる奴だとは思っていたが、明らかに前にも増してネトネトと絡み付いてくることになった。俺が何かしたか? いや、することはしたが。
寝室側に手を突いて、クッションの上に座るとまた観察を続ける。大した意味は無い、俺自身何故こうしたいのかも解らない、兎に角ずっと見ていたい気がするのだ。一番手前の赤い肌、その隣の黄色の瞼がぴくっ、と動いたのを見て眩しかったのかと思ったが、口をもごもごと動かしただけで終わる。絡み合わなくなったとはいえ、最早習慣なのだろう、よく見ると全員手を繋いで眠っている姿は微笑ましい。普段は長身の所為でそうは見えなかったが、以外に歳相応か、それ以下か、そんな物を見た気がする。
次の瞬間、耳元に息を吹きかけられて飛び上がりそうになると、俺の真横に気色の悪い笑顔が在った。「麗しいねぇ……んふふ」、こいつはこいつで俺達を祝福してくれているのは解るが、それでも生理的に受け付けない物は仕方が無い、見なかった事にして褒め言葉だけ受け取って置く。いや、何か一抹の不安の様な物を感じはするが。
腰に手を回されて更に鳥肌が立つ。そいつの顔を見ないようにしている事が俺の妄想力豊かな想像を余計に刺激して、俺の自分勝手な脳内ではこいつの姿は腐乱した水死体と大して変わらない物と化している。悪い、許せ。喋る腐乱死体は、毎日惚気られているのだから、という事で自分の自慢の一品に関してを少し話してくれた。
なんでもあの蓄音機は相当古い物なんだとかで、こいつの昔の知り合いに無理を言って譲ってもらったらしく、あまりにも型が古すぎる所為で電脳世界にも持ち込めない代物なのだという。サイドポニーにした髪がどうしても顔に掛かって、それを掃おうとした時、否応無しにそいつと目が合ってしまった。まるで人形の様な顔、心成しかぼんやりと遠くを見ている様な表情は、別に溶けていない。が、直ぐに溶けたのでまた目を逸らす。
そしてこの長い曲、何でも二十分程の物らしいそれは知り合いが最初にくれた物で、俺の読み通りの子守唄。自分の心を打つ、大切な意味が込められた物なのだと言ったきり、そいつは会話を止めた。話したくないのなら、今はそれを追求するつもりは無い。曲はもう何分続いた頃なのか知らないが、このフレーズを聞くのは三度目だ。だがそれでも、最初に聞いた物とはまた別の音。

「まぁ、良い曲だとは思うが……赤子に意味が通じるのか? これ」

「その辺は心配いらない。
こ、言葉とここ、言葉で伝わる事もあれば、意味がわ、解らないも、物だからこそ、つ、つ、伝わることだってある。ある。」

言葉で伝わらなかった事、例えばこいつ等の言ってる事やら、やってる事やら。俺にとって最も意味が解らない物の筆頭して上がったのは、不覚にもやっぱり同居人達の事だった。何せ毎日毎日奇妙な事をやらかしては、奇行と言って差し支えない行動を取り、俺に無茶苦茶をふっかけてきたのだから。俺にとって身近で最も奇妙な物だった。
腰に回された手がにぎにぎと俺の腰を掴むのだが、長い指が脇腹に食い込む感触が不愉快なので、目の前の気持ち良さそうな寝顔を見て心身の中和を図る。無理。今こいつ等は眠りが浅くなっている様なので、とっとと寝室に入って着替えようと思う。今俺の脇腹の感触を生々しい物にしないでいてくれるのは、今着ているスーツのお陰だが、汗っぽい物を着続けるのは嫌だ。
着替えるから退いてくれと言うと、あっさりとそいつは退く。同居人達は大体はこう、暇潰しに命を懸けている癖に、大体の所で俺の生活は邪魔しない。おかしな所に連れて行かれることはあっても、死ぬような、一回位死んだんじゃないかというような目にあっても、俺は今こうして五体満足で生きて幸せだ。そう、こいつ等は俺に悪意を向けてきた事は一度も無かった。それに気がついたのは、本当につい最近だったのだが。
長い曲はまだ続いている。何時まで続くのかを聞いて見た所、俺が帰って来る直前にかけたということなので、後十分以上は続くのだろう。長い曲、長い子守唄は最初土に沁みる水の様な音だと思ったが、ずっと聞いて耳が慣れると人の声の様にも聴こえた。誰が誰に当てたかは知らないが、愛を持って心から慈しむ様な、そんな声。

「そんなもん。
現に、に、に、言葉と言葉で通じなかった事も、も、体と体で通じた」

「ああ、今ならそれ解るわ」

昨日、あいつ等の腹に手を乗せた時、体温以外でじわりと温かかった。

意味が解らなく、それを知りたいと思うのなら、産まれ落ちた後にそれを探すから心配いらない。知りたくないと思うのだったら、そのままにして置けばいいだけで。
今の俺は、こいつ等の事を奇妙に思う事はありはしても、恐ろしく思う事は無くなっていた。
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