企画:そういえば途中から(中篇)とか書くの忘れてた。(完結) [拉致]
どっせぇぇぇぇぇぇい!
これにてヘンゼルとグレーテル完結!!!
此処までお付き合いありがとうございました、次も色々しますが、むふふ、定晴さんよろしくお願いしますねw
コチラは、定晴さんのみ、お持ち帰り、転載できます。
童話企画
小さなてのひら。⑤(完)
登場人物:琶琉君 裏琶琉君 ドルミン 真実の子
日はまた昇る。
昔々度:★★★☆☆
精神有害度:★★☆☆☆
(シリアス、ごめん改行多いよ)
(2人の人格に関して、独自解釈アリ)
(今度もマジで酷い目に会ってます)
キイキイと耳障りな女性の金切り声にも似た、ピエロが起き上がる音、半分崩れてヒビの入った顔に、張り付いたような笑みを浮かべてぐらぐらと揺れています。
その横ではもうほぼ読めなくなったオレンジ色の字で『収穫祭』と書かれて、それから黒炭で書かれた主線のみ剥き出しになった、樽と葡萄の絵が大きく描いてありました。
琶琉君は部屋に入ってみます、部屋の中は他のどの部屋よりも饐えた空気が充満していて、一歩脚を進めるごとに煙の様に砂埃が舞い上がります、そして足元では変色した木の床が不気味な鳴き声を上げるのです。
真っ暗です、そこは暗すぎるのです、試しにそこにあった羊皮紙の束を掴んでみます、すると羊皮紙の束はポロポロと掴む傍から土になって、その役割を終えてしまいます。
その奥に何が銀色に光っている物を見つけて、微かな希望を持って手にとって見ると、それはただのスプーンでした、赤錆が浮いていて、少しだけ周りの物とは年代が違うようです。
必死になってその部屋の中を探しました、隅々まで探す内に触った物の大概は壊れてしまいます、更に地下があって此処はフェイクなんじゃないかと、必死になってカビが根のように這った壁や、厚い埃で灰色になった床を探しました、それでも……。
扉を壊して入った部屋の先、光が届かない地下へ下り続けた結果、自分の精神を削ってまで入った夢の部屋、宝物がある筈のゴール。
此処は物の墓場、人に忘れ去られて終わった物が、人に知られる事無く消える場所。
白い顔に茶色を混ぜて、元々何色だったかも解らない位に塗装の剥げ、それでも色を溢れ返させたピエロの人形だけが、琶琉君に向って死んだ嘲い顔を向けていました。
琶琉君はその場にへたりこみました、灰色の煙が体をつけた場所から舞い上がって、琶琉君の喉に飛び込んできます、琶琉君は大きく咳をしました、次から次へと咳は止まらず、琶琉君まで埃の仲間にしてしまおうとしているように、灰色の空気は容赦無く、羽虫のように飛び交います。
でももうそれを掃う力も残ってはいません、とても疲れてしまったのです、自分が今何処に居るかすら夢の中の様で、この辛い夢の中では口を聞くことも辛すぎるのです。
宝物は無かったのです、最初から。
ドルミンが何を探していたのかは知りません、でも少なくともそれは無かったのです。
そう考えると目が痛くなって、目の端からこんこんと涙が出てきて、腐りかかった木の床にポタポタと垂れて厚く積もった綿埃に丸く模様を描きました。
この涙が自分の感情から出ているのか、それとも埃が目に入って出ているのか、琶琉君にはそんな事もう如何でもいいのです、兎に角もうこの状況が夢になって覚めてしまえば良いのに。
自分はもう何処へ行ったら良いのだろう、解らない、琶琉君は眠ってしまおうとしました、眠気はありません、でも目を強く瞑り続けて、涙の代わりに血が出るまで泣き続けたら夢は覚めるだろうか、その気持ちはどちらの琶琉君も同じでした。
もうどちらの琶琉君も、呻き声1つ上げる事はありませんでした。
その時です、自分達の苦悶以外の何かが、琶琉君の耳を揺らします、自分に向って腐った床を踏み鳴らす誰かが、この部屋に入って来たのです。
思い切って振り返ってみると、自分の携えてきた松明を持って、悲しんでいるような、哀れむような、そんな目をしたドルミンがしゃがみ込んだ自分と同じ目線でじっと琶琉君を見ています。
一瞬だけ、その影に向って飛びついてしまいたくなりました、でもその考えを塗り潰したのは自分の命の危険信号、感情から来る恐怖が琶琉君をドルミンから引き剥がします。
あの誰かを鍋に向って突き飛ばした時の感覚、あの時は本気で彼を殺してしまえと思って、その事を全て受け入れて『殺した』のです。
もうこれは許されるレベルの物ではない、それは琶琉君にも良く解るのです、命を奪う時は、自分の命も差し出さなければそんな事最初からできないからです。
この慈悲深く悲しげなドルミンは、その覚悟の先からやって来た、差し出した命を奪う死神に、少なくとも琶琉君はそう思えて仕方が無かったのです。
「琶琉君、帰ろう、帰って眠って、後の事は後から考えようなのだよ」
諭すような物言い、琶琉君の前に向けている松明の明かりは、思わず爪を立てて、爪と同じ線を引いてしまった床を明るく照らしています。
琶琉君の震える喉からやっと声が出たのは、ドルミンが1言を言ってから暫く、床に垂れた丸い水玉は火に温められて、無くなる程時間が経ってからです。
「やだ……」
「琶琉君、君は何も今考えなくていいのだよ、それに今回の事は……」
「嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だァ!!!!」
小さく掠れた呟きは、次から次へとこの小さな侵略者に投げつけられます、琶琉君は思わず後ずさりを始めました、もうドルミンが何を考えているかとか、何を言っているとか、そんな事は考える事も出来ません、それよりも強い絶望に彼の心は支配されてしまったのです。
ドルミンは部屋の闇の底へと、怯えながら身を沈める琶琉君に構わずに1歩1歩と歩を進め、松明の光が届かなくなるギリギリを保って琶琉君に歩み寄ります。
光に怯えるように膝を丸める琶琉君に、ドルミンは続けて喋りました。
「今回の事には私の過失もあったのだよ、異変を解決しようとして、君なら真実を話しても平気だと思ったのだよ、でもそれは誤りだったのだよ、君を必要以上に追い詰める結果になってしまった」
「知ってたのか……!?」
するとドルミンは自分の片眉だけをピクッと上げて、口元の端だけを上げて笑って見せた、所謂『やれやれ』と、子供の我侭を聞くような、そんな男親の表情です。
その顔は一見なんだか小バカにされているような、なんな顔にも見えますが、今の琶琉君には丁度良い物です、ただの優しげなら笑顔や、慈悲深い眼差しよりも、ずっとその顔の方が人間の臭いがするからです、感情を自分に向って向けているからです。
「私を誰だと思っているのかね? 短期間とはいえ、一応は君の親なのだよ?」
それでも琶琉君はゆっくり後ずさって、遂には壁に背中をくっつけて泣きそうな顔をしながら、ドルミンの方へと目線だけを向けています。
今、琶琉君の表に出てきているのは、表琶琉君なのか、裏琶琉君なのかはドルミンにすら解りません、もしかしたらどちらも表に出ているのかもしれません。
「……許してくれるのか?」
「勿論、なのだよ」
言い切った言葉と共に伸ばされた手を、琶琉君が振り払う事はありませんでした、今の琶琉君、裏琶琉君はドルミンの伸ばした手を握ると、その手の感触に少しだけ自分の意識に睡魔がやってきたのを感じました。
その時でした、琶琉君が壁に手を付いて立ち上がろうとした拍子に、老朽化した壁が崩れ始め、瞬く間に辺り一体の壁や道具を巻き込んで2人に襲い掛かったのです。
崩れる部屋の中で、荒れ狂う波の様な埃の羽虫の壁を突き破り、脚を盗る土の爪を避け、次から次へと落ちてくる瓦礫の牙を薙ぎ払いながら、命辛々琶琉君はその場から逃げ出しました。
けれども崩れてゆく地下室の中、後ろを振り返って大きく名前を呼んでもドルミンの返事がありません、その内に自分の命を守ることも危うくなってしまいます。
それでも琶琉君は元来た道を戻ってゆきました、もう嫌だったのです、自分に好意を持っていた人間が死ぬのが、自分が自分の誇りさえ守れない弱い子供であることが。
もう立つ事が限界になる程に、辺りの物が土砂の塊になってしまった時、琶琉君はドルミンを発見する事が出来ました、とても重そうなクローゼットと土砂の下敷きになって、小さな片腕だけ出して、血溜まりに漬されている姿を。
「おい…起きろドルミン!!」
その声は2度3度叫んでも、瓦礫の落ちる破滅の音に掻き消されて、やっとドルミンに届く程の声になった物です。
返事はありません、弱々しく細い腕は力無く垂れたまま、血溜まりの量だけがポンプから出る水の様にだらだらと増えてるのみです。
裏琶琉君はそのクローゼットを退かそうと、自分の腕に渾身の力を込めてクローゼットを破壊しようとしました、鎌を使うわけにも行きません、釜を振るえばどうにでもできるかもしれませんが、その下のドルミンまで傷付ける結果になってしまいます。
そうこうしている内に、揺れはどんどん激しくなって、自分に降りかかる瓦礫も大きくなり、一撃で振り払う事が難しくなってしまってきます、その上ドルミンが埋まっている場所にもどんどん瓦礫が降り積もり、持ち上げる事はもう傍目から見ても不可能です。
それでも裏琶琉君を表琶琉君は制止しません、ただ2人でいるというのに、手を貸すことが出来ない自分を、一緒に戦う事すら出来ない自分を不甲斐無く思って下唇を噛みました。
「は……はるくん」
「気がついたか!?
それならもっと体に力を入れろ! 此処から逃げるぞ!!」
「……此処までやってもらって悪いのだが…先に逃げてくれたまえ、私は後を追うのだよ」
私は、神様だから平気だ。
その言葉がドルミンの口から出ると同時に、優しい笑い顔に血が垂れると同時に、ずっと表に出ていた裏琶琉君が奇妙な浮遊感を感じます、それは自分の表と裏が入れ替わる時の感覚、こんな時に?
表に出てきた表琶琉君は、ドルミンの冷たくなりかかった手を強く握ると、大きな声で泣きました、今度の声は瓦礫が崩れる音にも負けないほど大きな、赤ん坊が母親を呼ぶ時に似た、悲しみの無い、純粋な感情の爆発でした。
「誰でもいい!!! 誰でもいいから!! 僕とドルミソ君を助けてよ!!!!」
そして、その助けは、来るべくして彼らに差し伸べられました。
白い髪と黒い髪半々、肌の色も同じ、3つの目、長い長い髪、それはドルミン同様に、短い期間で琶琉君に強烈なインパクトを残した、あの彼でした。
その後の事を琶琉君はあまり覚えていません、あんなに重かったクローゼットが持ち上がって、ドルミンを箪笥の下から引っ張り出して、最後の力を振り絞って地下から逃げて。
ただ、あの誰かが、自分に向って笑い掛けていた。
広い部屋、壁に掛けられた男性の絵、必要以上に並んだ椅子、目の前には大きな長テーブル、その上には良い匂いのする作りたての熱い料理、此処は食堂。
この食堂はとても高貴な雰囲気のする場所でしたが、今此処に居るのは美しい貴婦人や、豪奢な服を着た紳士でもなく、ただの誇り塗れの子供が1人、血塗れ且つ土塗れの子供が1人と、不死鳥の如く復活したぷかぷかと空に浮ぶ誰か。
その誰かは何事も無かったかのように、2人の前に沢山の料理を作って持ってきます、かつては琶琉君が警戒して食べようともしなかった料理を。。
椅子に座って、最初に口を開いたのは、表琶琉君でした。
「食べよう」
もう裏琶琉君は表琶琉君を止めませんでした。
ドルミンはそんな表琶琉君を目を細めて、太陽を見る時のようにして見ました、表琶琉君の目には、今確かに強靭な『覚悟』の色が静かに輝いています。
(……もう彼は、いっぱしの男なのだよ)
喉に通したトマトのスープも、とろけるようなローストビーフも、風味豊かなブルーベリーパイも、どれもこれもとても美味しくて、空きっ腹が満たされると、また少しだけ眠くなってしまいました。
ただ、琶琉君にはお腹いっぱいになって、睡魔もいっぱいになって、テーブルに突っ伏して眠ってしまって、さっき自分達を助けてくれた彼が自分達を客室に運んでくれる前に、やるべき事があります。
「君も此処に座って、一緒に食べようよ」
それを厨房から最後の皿を持って来た彼に言うと、遂に琶琉君は睡魔が限界に達して、当初の予定通りに前のめりになってブルーベリーパイに顔を埋めて眠りました、後は運ばれてベットに入れられるだけです。
後に残ったドルミンと、何時にない対応をされた彼。
彼はコップに指を入れて、葡萄ジュースを指先につけると白いテーブルクロスをなぞって字を書きました。
『熱かった』
「それは……済まなかったね、私に免じて許してくれないかね?」
熱い液体の感触と傷に染みる塩、それから多量の水滴、ドルミンの頭に食べ掛けだったトマトスープが飛んできました、よく見ると、あの誰かが無表情のまま空になったスープの皿を持って浮いています。
『許す』
「君もまた……優しいねぇ、なのだよ」
それが血の色なのか、それとも特性トマトスープの色なのか解らない顔になったドルミンは、食堂の大きな窓から外を見ると、昇りつつある太陽を瞳に映しました。
長い夜が明けました、そして明日がやってくるのです。
それでも1つ変わらない事だけがあります、それは、全ての日はこの奇妙な1日の続きであると言う事です。
ブルーベリーで顔面を紫色にして、プープーと幸せそうに寝息を立てる琶琉君を見た窓枠の中の太陽が、夜明けを抱きながらそっと笑いましたとさ。
めでたし、めでたし。
おわり
これにてヘンゼルとグレーテル完結!!!
此処までお付き合いありがとうございました、次も色々しますが、むふふ、定晴さんよろしくお願いしますねw
コチラは、定晴さんのみ、お持ち帰り、転載できます。
童話企画
小さなてのひら。⑤(完)
登場人物:琶琉君 裏琶琉君 ドルミン 真実の子
日はまた昇る。
昔々度:★★★☆☆
精神有害度:★★☆☆☆
(シリアス、ごめん改行多いよ)
(2人の人格に関して、独自解釈アリ)
(今度もマジで酷い目に会ってます)
キイキイと耳障りな女性の金切り声にも似た、ピエロが起き上がる音、半分崩れてヒビの入った顔に、張り付いたような笑みを浮かべてぐらぐらと揺れています。
その横ではもうほぼ読めなくなったオレンジ色の字で『収穫祭』と書かれて、それから黒炭で書かれた主線のみ剥き出しになった、樽と葡萄の絵が大きく描いてありました。
琶琉君は部屋に入ってみます、部屋の中は他のどの部屋よりも饐えた空気が充満していて、一歩脚を進めるごとに煙の様に砂埃が舞い上がります、そして足元では変色した木の床が不気味な鳴き声を上げるのです。
真っ暗です、そこは暗すぎるのです、試しにそこにあった羊皮紙の束を掴んでみます、すると羊皮紙の束はポロポロと掴む傍から土になって、その役割を終えてしまいます。
その奥に何が銀色に光っている物を見つけて、微かな希望を持って手にとって見ると、それはただのスプーンでした、赤錆が浮いていて、少しだけ周りの物とは年代が違うようです。
必死になってその部屋の中を探しました、隅々まで探す内に触った物の大概は壊れてしまいます、更に地下があって此処はフェイクなんじゃないかと、必死になってカビが根のように這った壁や、厚い埃で灰色になった床を探しました、それでも……。
扉を壊して入った部屋の先、光が届かない地下へ下り続けた結果、自分の精神を削ってまで入った夢の部屋、宝物がある筈のゴール。
此処は物の墓場、人に忘れ去られて終わった物が、人に知られる事無く消える場所。
白い顔に茶色を混ぜて、元々何色だったかも解らない位に塗装の剥げ、それでも色を溢れ返させたピエロの人形だけが、琶琉君に向って死んだ嘲い顔を向けていました。
琶琉君はその場にへたりこみました、灰色の煙が体をつけた場所から舞い上がって、琶琉君の喉に飛び込んできます、琶琉君は大きく咳をしました、次から次へと咳は止まらず、琶琉君まで埃の仲間にしてしまおうとしているように、灰色の空気は容赦無く、羽虫のように飛び交います。
でももうそれを掃う力も残ってはいません、とても疲れてしまったのです、自分が今何処に居るかすら夢の中の様で、この辛い夢の中では口を聞くことも辛すぎるのです。
宝物は無かったのです、最初から。
ドルミンが何を探していたのかは知りません、でも少なくともそれは無かったのです。
そう考えると目が痛くなって、目の端からこんこんと涙が出てきて、腐りかかった木の床にポタポタと垂れて厚く積もった綿埃に丸く模様を描きました。
この涙が自分の感情から出ているのか、それとも埃が目に入って出ているのか、琶琉君にはそんな事もう如何でもいいのです、兎に角もうこの状況が夢になって覚めてしまえば良いのに。
自分はもう何処へ行ったら良いのだろう、解らない、琶琉君は眠ってしまおうとしました、眠気はありません、でも目を強く瞑り続けて、涙の代わりに血が出るまで泣き続けたら夢は覚めるだろうか、その気持ちはどちらの琶琉君も同じでした。
もうどちらの琶琉君も、呻き声1つ上げる事はありませんでした。
その時です、自分達の苦悶以外の何かが、琶琉君の耳を揺らします、自分に向って腐った床を踏み鳴らす誰かが、この部屋に入って来たのです。
思い切って振り返ってみると、自分の携えてきた松明を持って、悲しんでいるような、哀れむような、そんな目をしたドルミンがしゃがみ込んだ自分と同じ目線でじっと琶琉君を見ています。
一瞬だけ、その影に向って飛びついてしまいたくなりました、でもその考えを塗り潰したのは自分の命の危険信号、感情から来る恐怖が琶琉君をドルミンから引き剥がします。
あの誰かを鍋に向って突き飛ばした時の感覚、あの時は本気で彼を殺してしまえと思って、その事を全て受け入れて『殺した』のです。
もうこれは許されるレベルの物ではない、それは琶琉君にも良く解るのです、命を奪う時は、自分の命も差し出さなければそんな事最初からできないからです。
この慈悲深く悲しげなドルミンは、その覚悟の先からやって来た、差し出した命を奪う死神に、少なくとも琶琉君はそう思えて仕方が無かったのです。
「琶琉君、帰ろう、帰って眠って、後の事は後から考えようなのだよ」
諭すような物言い、琶琉君の前に向けている松明の明かりは、思わず爪を立てて、爪と同じ線を引いてしまった床を明るく照らしています。
琶琉君の震える喉からやっと声が出たのは、ドルミンが1言を言ってから暫く、床に垂れた丸い水玉は火に温められて、無くなる程時間が経ってからです。
「やだ……」
「琶琉君、君は何も今考えなくていいのだよ、それに今回の事は……」
「嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だァ!!!!」
小さく掠れた呟きは、次から次へとこの小さな侵略者に投げつけられます、琶琉君は思わず後ずさりを始めました、もうドルミンが何を考えているかとか、何を言っているとか、そんな事は考える事も出来ません、それよりも強い絶望に彼の心は支配されてしまったのです。
ドルミンは部屋の闇の底へと、怯えながら身を沈める琶琉君に構わずに1歩1歩と歩を進め、松明の光が届かなくなるギリギリを保って琶琉君に歩み寄ります。
光に怯えるように膝を丸める琶琉君に、ドルミンは続けて喋りました。
「今回の事には私の過失もあったのだよ、異変を解決しようとして、君なら真実を話しても平気だと思ったのだよ、でもそれは誤りだったのだよ、君を必要以上に追い詰める結果になってしまった」
「知ってたのか……!?」
するとドルミンは自分の片眉だけをピクッと上げて、口元の端だけを上げて笑って見せた、所謂『やれやれ』と、子供の我侭を聞くような、そんな男親の表情です。
その顔は一見なんだか小バカにされているような、なんな顔にも見えますが、今の琶琉君には丁度良い物です、ただの優しげなら笑顔や、慈悲深い眼差しよりも、ずっとその顔の方が人間の臭いがするからです、感情を自分に向って向けているからです。
「私を誰だと思っているのかね? 短期間とはいえ、一応は君の親なのだよ?」
それでも琶琉君はゆっくり後ずさって、遂には壁に背中をくっつけて泣きそうな顔をしながら、ドルミンの方へと目線だけを向けています。
今、琶琉君の表に出てきているのは、表琶琉君なのか、裏琶琉君なのかはドルミンにすら解りません、もしかしたらどちらも表に出ているのかもしれません。
「……許してくれるのか?」
「勿論、なのだよ」
言い切った言葉と共に伸ばされた手を、琶琉君が振り払う事はありませんでした、今の琶琉君、裏琶琉君はドルミンの伸ばした手を握ると、その手の感触に少しだけ自分の意識に睡魔がやってきたのを感じました。
その時でした、琶琉君が壁に手を付いて立ち上がろうとした拍子に、老朽化した壁が崩れ始め、瞬く間に辺り一体の壁や道具を巻き込んで2人に襲い掛かったのです。
崩れる部屋の中で、荒れ狂う波の様な埃の羽虫の壁を突き破り、脚を盗る土の爪を避け、次から次へと落ちてくる瓦礫の牙を薙ぎ払いながら、命辛々琶琉君はその場から逃げ出しました。
けれども崩れてゆく地下室の中、後ろを振り返って大きく名前を呼んでもドルミンの返事がありません、その内に自分の命を守ることも危うくなってしまいます。
それでも琶琉君は元来た道を戻ってゆきました、もう嫌だったのです、自分に好意を持っていた人間が死ぬのが、自分が自分の誇りさえ守れない弱い子供であることが。
もう立つ事が限界になる程に、辺りの物が土砂の塊になってしまった時、琶琉君はドルミンを発見する事が出来ました、とても重そうなクローゼットと土砂の下敷きになって、小さな片腕だけ出して、血溜まりに漬されている姿を。
「おい…起きろドルミン!!」
その声は2度3度叫んでも、瓦礫の落ちる破滅の音に掻き消されて、やっとドルミンに届く程の声になった物です。
返事はありません、弱々しく細い腕は力無く垂れたまま、血溜まりの量だけがポンプから出る水の様にだらだらと増えてるのみです。
裏琶琉君はそのクローゼットを退かそうと、自分の腕に渾身の力を込めてクローゼットを破壊しようとしました、鎌を使うわけにも行きません、釜を振るえばどうにでもできるかもしれませんが、その下のドルミンまで傷付ける結果になってしまいます。
そうこうしている内に、揺れはどんどん激しくなって、自分に降りかかる瓦礫も大きくなり、一撃で振り払う事が難しくなってしまってきます、その上ドルミンが埋まっている場所にもどんどん瓦礫が降り積もり、持ち上げる事はもう傍目から見ても不可能です。
それでも裏琶琉君を表琶琉君は制止しません、ただ2人でいるというのに、手を貸すことが出来ない自分を、一緒に戦う事すら出来ない自分を不甲斐無く思って下唇を噛みました。
「は……はるくん」
「気がついたか!?
それならもっと体に力を入れろ! 此処から逃げるぞ!!」
「……此処までやってもらって悪いのだが…先に逃げてくれたまえ、私は後を追うのだよ」
私は、神様だから平気だ。
その言葉がドルミンの口から出ると同時に、優しい笑い顔に血が垂れると同時に、ずっと表に出ていた裏琶琉君が奇妙な浮遊感を感じます、それは自分の表と裏が入れ替わる時の感覚、こんな時に?
表に出てきた表琶琉君は、ドルミンの冷たくなりかかった手を強く握ると、大きな声で泣きました、今度の声は瓦礫が崩れる音にも負けないほど大きな、赤ん坊が母親を呼ぶ時に似た、悲しみの無い、純粋な感情の爆発でした。
「誰でもいい!!! 誰でもいいから!! 僕とドルミソ君を助けてよ!!!!」
そして、その助けは、来るべくして彼らに差し伸べられました。
白い髪と黒い髪半々、肌の色も同じ、3つの目、長い長い髪、それはドルミン同様に、短い期間で琶琉君に強烈なインパクトを残した、あの彼でした。
その後の事を琶琉君はあまり覚えていません、あんなに重かったクローゼットが持ち上がって、ドルミンを箪笥の下から引っ張り出して、最後の力を振り絞って地下から逃げて。
ただ、あの誰かが、自分に向って笑い掛けていた。
広い部屋、壁に掛けられた男性の絵、必要以上に並んだ椅子、目の前には大きな長テーブル、その上には良い匂いのする作りたての熱い料理、此処は食堂。
この食堂はとても高貴な雰囲気のする場所でしたが、今此処に居るのは美しい貴婦人や、豪奢な服を着た紳士でもなく、ただの誇り塗れの子供が1人、血塗れ且つ土塗れの子供が1人と、不死鳥の如く復活したぷかぷかと空に浮ぶ誰か。
その誰かは何事も無かったかのように、2人の前に沢山の料理を作って持ってきます、かつては琶琉君が警戒して食べようともしなかった料理を。。
椅子に座って、最初に口を開いたのは、表琶琉君でした。
「食べよう」
もう裏琶琉君は表琶琉君を止めませんでした。
ドルミンはそんな表琶琉君を目を細めて、太陽を見る時のようにして見ました、表琶琉君の目には、今確かに強靭な『覚悟』の色が静かに輝いています。
(……もう彼は、いっぱしの男なのだよ)
喉に通したトマトのスープも、とろけるようなローストビーフも、風味豊かなブルーベリーパイも、どれもこれもとても美味しくて、空きっ腹が満たされると、また少しだけ眠くなってしまいました。
ただ、琶琉君にはお腹いっぱいになって、睡魔もいっぱいになって、テーブルに突っ伏して眠ってしまって、さっき自分達を助けてくれた彼が自分達を客室に運んでくれる前に、やるべき事があります。
「君も此処に座って、一緒に食べようよ」
それを厨房から最後の皿を持って来た彼に言うと、遂に琶琉君は睡魔が限界に達して、当初の予定通りに前のめりになってブルーベリーパイに顔を埋めて眠りました、後は運ばれてベットに入れられるだけです。
後に残ったドルミンと、何時にない対応をされた彼。
彼はコップに指を入れて、葡萄ジュースを指先につけると白いテーブルクロスをなぞって字を書きました。
『熱かった』
「それは……済まなかったね、私に免じて許してくれないかね?」
熱い液体の感触と傷に染みる塩、それから多量の水滴、ドルミンの頭に食べ掛けだったトマトスープが飛んできました、よく見ると、あの誰かが無表情のまま空になったスープの皿を持って浮いています。
『許す』
「君もまた……優しいねぇ、なのだよ」
それが血の色なのか、それとも特性トマトスープの色なのか解らない顔になったドルミンは、食堂の大きな窓から外を見ると、昇りつつある太陽を瞳に映しました。
長い夜が明けました、そして明日がやってくるのです。
それでも1つ変わらない事だけがあります、それは、全ての日はこの奇妙な1日の続きであると言う事です。
ブルーベリーで顔面を紫色にして、プープーと幸せそうに寝息を立てる琶琉君を見た窓枠の中の太陽が、夜明けを抱きながらそっと笑いましたとさ。
めでたし、めでたし。
おわり
2008-11-06 20:51
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うおおおお!お疲れ様です!
頂き物のページが整理できましたらぜーんぶ!サイトの方に掲載させて頂きますねv
ダレカ殿はやばいですね。半端ないです。ギャグも描けてシリアスも描けると言うっ
さてさて、頼まれましたよどんとこい。自分はしょうもなくギャグでいこうと思います(
出てない人いるけど、真実君でれなかったけど、気にしない気にしない!!←
泳楽兄ちゃん、がんば!(
by 定晴 (2008-11-06 21:01)