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お題:痛みを思い出させないで [小説]

幸せの島

登場人物:黒の子 十六夜の子 蟲飼の子(微)

イミフ度:★★★☆☆
精神有害度:★★★☆☆
(短いです)
(蟲飼の子は不死身です)




幸せの島






やっちまった、その全てに尽きる。

バラバラになったゴーグルの破片、その一つに黒い髪が揺らいで映った。

其処にはもう古くなった島があった、何も居ない、ただ名前の無い墓石が三つ立ち並んでいるだけで、後は消去される時を待つだけの、死刑囚の様な島。
消された時、データ諸共消えるのが規則だ、全ての記録が完全に消される、この断頭台に立つ島は、あと幾分で消えるのか、劣化したデータが痛々しい。

ならこの死体はどうだろう、死体と言う名の死なない男の繭は。

黒い子供の目の前には若い男の死体、手足は好き勝手な方向に折れ曲がり、口から内臓の一部を吐いたその様子は、誰がどう見ても死体だ。
その死体に触ってみる、だらりと曲がった左腕がまた新たにぐにゃぐにゃとありえない方向に曲がる、死後硬直は始まっていない、少しだけ暖かい。
左脚に触る、硬い、これは生き物の脚じゃない、壊れ物の脚、物の脚は鈍い色宿したまま本来見えない、重要な機械部分を露出している。
コード、赤、青、白、自然物の色と違う、何の広がりも無い色、その内一本に指を掛けるとコードは簡単に千切れて、微かな音を鳴らした。
此方が右脚、左足に比べると損傷が少なく、多分まだ歩ける、だが、この脚の取り付け方を知っているのは、紛れも無いこの死体だけだ、なら値打ちにならない。
関節部に手を添えて、思い切り捻る、普通の人間なら多分こんな事しても無駄で済むけれど、この子供の腕力なら簡単に。
熱された飴でも捻るかの様に、右足が破壊される、脚は無くなった、これで動けないだろう。
最後に右腕、脚と同じ、血の通わない何か、此方は脚よりもずっと弱い作りなのだろうか、もう既に粉砕されてその破片は死体の脇腹に突き刺さっている。

腕も、脚も遊び尽くした、今転がっているのは四肢を失った哀れな死体だけ、あまりに滑稽で笑いがこみ上げて来そうだ。
笑ってみる、けらけらけらけら、愉快愉快、手を伸ばして死体の首を引き抜く。

だが、首を抜き取る事だけは『するつもりだった』になった。

死体の脇腹から、肉を突き破るようにして新しい手足が生える、銀だった髪も、今はたっぷりと金の色を称えて、ゆらりゆらりと生気を立ち上らせ、子供はほんの少し身震いした。
新しい手足は、まだ得体の知れないぬめぬめとした液体に塗れていて、自由が利かないのか、ただ意味も無く地を掻き、天を泳がせる。
が、その動きにはやがて意思が宿り始めて、その左脇腹の腕が『死んでいた』青年の顔の前に収まると、何かを粉砕する音と共に、強化プラスティックの破片が飛び散って行く。

繭だったものが、健気に外敵に威嚇をしている。

死んでいた青年の首が、少年の方を向く。
皮膚病に感染したかの様に、首から頬へと褐色に染まった、だが肌の色は十分に生物になったのに、この『生き物』は何か、何かがおかしい。
最初焦点の合っていなかった目は、直ぐに子供を捕えた、目が一つ、顔の中心に無気味な単眼が一つ、そしてその目の色が彼を正気の生き物で無いと言う事を物語っていた。

だが子供は何も感じないかの様な無表情、その場に座り込むと、その歪な生き物の目を覗き込む。
その生き物は、歪な声で挨拶をした。

「やあ、こんにちは、今日はとっても小鳥日和、首をもがれて地に落ちる鳥にはアルコールがあるから、日傘に乗って行きましょう」

子供は何も返すことは無かった、だだ見ているだけ、ただ目に自分の仕業で身動きの取れない生き物を映しているだけ。
生き物は、やっと自由に動かせるようになった腕を、もがく様に動かして如何にかして動こうとしているが、それは全て無駄なまま終わる。
引っ掻かれた地面に爪で書かれた奇妙な模様が浮んで、子供はそれが海に見えると思った、地に書かれた波は今も尚ざくざくと広げられている、現実の海も拡がり始めてそう新しくない。
子供は手の届く範囲から一本の木の棒を持って、鍵爪の付いた腕に引き裂かれないように注意しながら、地に描かれた海に魚を浮かべた。
一匹、二匹、すると生き物は意図してか、していないのか、多分していないのだろう、もう引っ掻かれ海になった其処を、もう一度引っ掻いた、子供が書いた魚は新しい波模様に掻き消される。
子供は、また表情一つ変える事無く、もう一度魚を描き始め、また消され、描いて、消されて、描いて、消されて、消されながら描いて。

「困った、火が付いたドードー鳥は自分の尻に火が点いた事に事に気が付かない侭、隣人の家事を報せに走った、きっと到着する事にはローストチキンになってしまっているだろうね」

地に刻まれる海は、徐々に深く深くなる、回り続けた線も、曲線から線に変わって行く、それを見て子供は海が別の物に見え始める様になった。
強く強く刻まれる線は、まるで風の様に見える、ならその風に鳥を乗せよう、枝が深く刻まれた線に突き立って、鳥を掻いて描く。
ただの鳥でもつまらない、強い鳥にしよう、幸せの鳥、青い鳥よりも幸せに、次から次へと継ぎ足される線は、鳥の姿だった何かを別の物にしているが、子供はそんな事知らない。
もがく手は徐々に動きを止めるが、時々弾かれたように動いて、鳥に黒い模様を叩きつける、叩き付けられて新しい模様に、子供が新しい線を描き足す。
掻けて地面に刺さった爪が、剃刀の様なえげつない断面を晒している、何時かはあれを誰かが踏むだろう、そして足を赤くして、泣き叫んで、医者に行く。

「ああ愉快、青い目の兎は何か探していたのか、何を探していた、何も探していないを探していた、何も探していないを探していたを探した、彼は何時になったら気が付くのだろうか」

だんだんと生き物の動きは鈍くなる、眠りに付く間際の動作にも似た何か、それはもう眠るのだろう、我が身を置いて、本物の我が身の持ち主の目覚めのために。
鈍って脚の動きが止まる、最後に一掻きした腕は空を掻き消し、鳥を掻き消し、何もかもが消えた地には、扇形の大きな模様が出来上がった。
子供は、その扇に魚と鳥を描いた、魚は最初に書いたときと同じように、鳥は二度目に描いた時と同じ様に描いた、何かが足りない、同じでつまらない。
つまらない、だからこれを描き始めたと言うのに、ならこれももうお終いか、いや。
子供はもうもがく事を止めて、眠りに付いた生き物から抜け落ちた爪で、ほんの少しだけ親指の腹を切ると、魚と鳥の目に垂らした。
鳥に目が入る、赤い目、何かを思い出してしまう程に真っ赤な、何かの目、その何かの正体を自分は知っているが、今は思い出さなくて良い。
魚に目を入れると、魚は歪に変わった、なんだろうこの魚は、この赤は何かに似ている、正体の知らない、何者でもない赤色に似ている。
最後に自分の唇に赤を塗った、口紅の真似事、少しだけ滴る新鮮な匂いが、軽い陶酔感を生んだ。

赤い口紅は、黒い自分に似合っている、だろうか?

「にあっているよ」

子供は振り返った、今度は感情を込めた目で。
振り返った先には、あの生き物が眠っている、何も感じさせない寝顔で、もう左腕は治っていた。
子供はまた笑いがこみ上げてきた、けらけらけら、ああ楽しい、なんて楽しいんだろう。

「アンタと遊ぶのは大好きだよ、何にも考えなくていいんだもの」

次の瞬間、生き物は目を覚ました。
今度は正しい人格の、正しい目覚めとして、壊れた自分の手足をまじまじと見るのだ、けして自然治癒では直らない愛しい手足を。

もうその場に子供は居なかった。

ただ、青年の首に引かれた銀の線と、赤い飛沫以外は。



「もう少し、あそぼ」



二分たった後、青年の左腕が砕ける音と、子供のか細い悲鳴が島に響いた。
この島は、その二日後存在しなくなった。

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