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小説:見えない何かと戯れる [小説]

見えない何かと戯れる

登場人物:記憶の子 真実の子

ほのぼの:★★☆☆☆
精神有害度:★★☆☆☆
(観察記風です)
(小ネタ以上 小説以下 の長さです)





何かが今、部屋の中に帰って来た。
その事を察知したのは、自分自身がこの部屋に帰り着いてから10分経った頃、喉の渇きを覚えて、流し台に立った時。
何と言う事も無い、何かが帰って来た、自分自身の白い髪が、片方しか無い目が、作り物の目が、体の全ての感覚がそう感じた。
その気配だけの何かは、現在進行形で部屋の何処かで此方を見ている。
その何かが何なのか、自分には理解出来ないが、自分の感覚がそれを帰って来た物だと感じるなら、そう悪い物でもないと思う。
そう考えると、今度は見えない何かへの興味の方が強くなった。
暫し、この何やら解らない何かと戯れてみようでは無いか、どうせ今誰も居なく退屈だったのだから、この格好の玩具を無視する道理は無い。
自分は水を一口飲むと、気配のある方へ寄って行った。


『声を掛ける』
おーい等、簡単な言葉を掛ける、全く何の反応も無い、これは最初から期待もしていなかった。
そもそもこれに自分の言葉が通じているのかすら怪しい。
その後、二三度何か話し掛けだが、其処にあったはずの気配が、一瞬だけ淀むだけで終わる。
どうやら、この何かは割りと短気な気質らしい。

『手を翳す』
気配のある辺りに、手を翳してみる。
奇妙な事に、手を翳した辺りのみ、高密度の水蒸気の様な感覚がした。
気配そのものは、何も揺るぎやしない、若干つまらない。
その場で一回手を叩いてみたが、別に何も起こらない、つまり自分が何かをしても相手には触れない様だ。
仕方ないので、一回手を抜く、別に手がベタベタになると言うような事も無い。

『物を投げてみる』
手元にあった、牛乳パックを投げつける、別に何も起こらない。
仕事中にズボンに捻じ込まれた5万を投げる、何も起こらない。
身内の下着を投げつける、全く興味を示さない。
最後に、クリスタルもどきの灰皿を投げつける、ほんの一瞬だけ灰皿が空中で止まる、直後落ちる。
この見えない何かが仮に霊魂という奴なら、生前の場景反射か何かなのだろうか。
もう一度投げつけた、全く興味を示さない。

『歌ってみる』
とりあえず、点けっ放しにして居たテレビで流れていた『たらこ』を歌う。
心なしかせせら笑われた気がする、勝手にすれば良いとは思うが、そんな態度を取られたら反応するのが礼儀だ。
更に手元にあった、『ドキ☆女塗れの水泳大会 ~グンバツ女子のアッパーカット~』のDVDを投げつける。
投げつけた物が空中で消えた、アレは誰かの物だった気がするが、身内のなら気にしない。
おじさんのオカズだったら、ごめんね。

『アレ』
ここで劇的な変化を求めて、台所に置いてあるアレを見せる。
黒くて早いアレを3週間分こってりと溜め込んだアレを、気配の辺りに見せ付けると、気配が消えた。
しまった、結果を急ぎすぎてしまったか?
と、思ったら、別の部屋に移動していた、このアレはそんなに効くのか。
自分もアレを覗き込んでみる、細かい描写はヌキにするが、こいつ等の生命力のみ見習いたい。

『罵る』
思いつく限り罵ってみた。
だが じぶんの ののしりは むなしくひびくだけ だった。

『質問』
とりあえず、好きな物と嫌いな物を聞く。
すると何処からとも無く葱と白菜が落ちてきた、どちらも瑞々しくて採りたてだと推定される。
何処から持って来たのだろうか、葱にも白菜にも土が付いていた、解った事はコイツは目の肥えたドロボーと言う事だ。
だが、結局葱と白菜、どちらが好きで、どちらが嫌いなのかは解らず終いで終わる。

『息を吹きかける』
これの体が水蒸気なら、強い風等で飛んでいったりするのかと思い、息を吹きかける。
ぶるぶると気配が震える、もう一度吹いたらまた震えた、何度か試す内に後頭部に何かがぶつかる様な感覚に襲われた。
痛くは無い、とりあえずもっと吹いてみる。
もう一度何やらされた、一瞬意識が飛んだが、問題は無い。

『見詰める』
気配の目と鼻の先に座って、思い切り視線を合わせる。
よくよく目を凝らして見ると、何かの居る所は、少し揺らいでいる気がしたが、ただの自分の疲れ目だった。
これに近づくと、辺りの空気がひんやりしていて気持ちが良い。
と、思って調子に乗っていたら、体が震えた。
寒い。

『吸う』
息で揺らぐなら、吸えるのでないだろうか、そう思って今度は吸ってみる。
確かに吸うことは出来た、無味、別に美味くも不味くも無いが、やっぱり冷たい、病院とかの吸入器を吸っている気分がする、別にこれは体に良いと言う事は無さそうだが。
気配は吸い続けると薄くなる、ずっと吸っていると、咽てしまった。
咳が止まると、気配は元の濃さに戻っていた。

『葱を押し付ける』
さっき渡された葱を、気配に向って思い切り突き込む。
突きこんだ葱の先が、そこだけ切り落としたかの様に消えてしまった。
食べた……のか?
と言う事は、好きな物は葱なのだろうか、そう思って白菜を近づけてみたが、白菜は無事だった。
【これで予想される事】
葱が消える 1.食べた 2.嫌いだから消した 3.気に食わないから消した
白菜に無反応 1.嫌いだから 2.調理しろよ若白髪 3.飽きた

『布団で包む』
押入れから布団を出して、その布団で包み込む。
布団越しにこれを抱き締める形になったまま、三分程ジッとしていると、気配が消える。
布団を剥がして見てみると、布団の中心が人の形にべったりと濡れていて、洗濯の手間が増えてしまった。
それにしても気配は何処へ消えたんだろうか、部屋中探してみたが、全く見つからない。
布団を濡らす液体の正体が解らないだめ、一応洗う。
洗濯機のフタを開けると、中に消えた気配が居た。












外から、十二時を告げる放送が耳に届く、やや擦り切れた様な耳に慣れた時報。
もう十二時か、思えばかれこれ一時間以上はこうやって過ごしていた気がする、本当に良い暇潰しになった物だ。
だが、そろそろ自分の腹時計が鳴り始めているので、この気配と戯れるのはこれで終いにする事する。
さて何か用意して置いたか、昨日の夜に作り置きにした味噌汁がまだ残っているなら、作る手間を省けるのだが。

不意に、何かに服の裾を抓まれる。

「ああ、あんただったの」

服を抓むのは、洗濯機の中の気配、気配は今気配だけで無くて、自分によく似た顔をした正体を現して、自分に対してやっと何かしらモーションを取る。
三つ開いた目は、自分に対して何か言っている様に感じるが、多分何も考えていないので無いだろうか。

「あんたも食べたいの?」

目の前の、自分の姿に良く似たそれは、何も答えないまま、またただの気配の塊に変わってしまった。
これが自分の前から煙になる様に姿を消す所はあったが、明らかに自分が見ている前で姿を消すのは初めて見た、形容師でなくて本当に煙の様に消える。
だが今此処には居ない、まあ、今の自分にとってはそんな事より、鍋を火にかける事の方が重要なのだが。

不意に、台所でガスが点く音がした。

「……まあ、いいか」

お椀は、二人分用意する必要が出来た、まあ、如何と言った労力でもないのだか。
今日は自分が食事を作ってやろう。

勿論、葱と白菜を使って。

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