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14日:かき揚げとそうめんをお供えしましょう。 [小ネタ]

お盆小説
何時もと変わらない独房

登場キャラ:おじさん 真実の子 薄命の者 異端者の頤

あれからおじさんは帰してもらえてません。

日常度:★★★★★
(独房監禁)
(独房監禁・拉致監禁)







何時もと変わらない独房



今日も交通事故が日常茶飯事の如く起こる東京の諸君に、今までそれが残り続けていたなら旧家の大屋敷と呼ぶに相応しい場所、やっとの事で見つけた便所が唐突に薄ピンクのタイル張りに洋式便所だった時の気分が理解出来ようか。否、出来ないだろう、俺も何が何だか解らなかった。扉が引き戸ではなく、普通の扉だった辺りで気が付けと言われても困る。

だがこれは、俺の身に起きた紛れも無い事実であって、現在進行形で奇妙な出来事は起こり続けている事だ。俺の寝室として割り当てられた部屋、右手に見えますはPC、左手に見えますはエアコン。何だ、この和洋折衷所か、時代すらも飛び越した部屋は……それ以外に仏壇と盆棚以外は何も無く殺風景。まあ、文明の利器は有り難い。何よりもPCは、俺の外部との繋がりに置いては唯一の物と言えるので、これだけは撤去しないで頂きたい。
この、多分地図にも無いであろう場所に連れてこられて以来、テレビやラジオどころか新聞すら与えられず、外部からの情報は全く無いに等しい状態にある。これはもしかして、独房監禁状態、意識が無い時に連れて来られたという意味では、拉致監禁なんじゃないだろうか。携帯電話も当然の如く圏外、屋敷の周りは塀に囲まれている為、外が如何なっているかは不明。八方塞とは正にこの事。
見る所といったらもっぱらこの曰くの一つや二つあるのであろう、だだっ広い日本屋敷なのだが、現在改築中とやらであまり外に出してもらえない。ああ、やっぱりこれは監禁か、台所の竈が異常に使い難いので、台所を使い易くするだとかで便所と同じ現象が起きたが、他でもそれに似た事が起きているらしい。大方、改築等という大仕事が起こっているとは思えない程屋敷内は静寂に包まれていて、聞こえるのは殆どが虫の声と、同居人の足音のみ。

真昼間から特にする事も無く、縁側に座って元は綺麗だったんじゃないだろうか、と思われる伸び放題になった庭木に顔を向けつつ、背中に冷風を浴びる。俺の体を冷やしてくれているありがたいエアコンも、俺の身に起きた怪異の一つだ……この場所に、電気や水が通っているとはとても思えない、電話線は言わずとも……だが、それを同居人に指摘すると「魚が居れば水があるのは当たり前じゃないの」と、一笑された。雑草の刈り取られた地面に、季節外れのオレンジ色の毛虫が張って行く。
今の俺は確実に口を開けっ放しにしている、そう思って自分の口に手をやってみると、別にそんな事は無かった。まさかこんなにアブラゼミの鳴き声をじっくり聞くことになるとは、障子開けっ放しで冷房という贅沢を味わっていると、外からの風が熱風に感じる。その熱風に煽られて、俺の左上で涼しげな音がした。風鈴の音。ちりん、ちりん、風に煽られたにしては長すぎる音を不審に思って見上げる、白と黒半々の宙に浮く……そいつは片手に風鈴を持ったまま、ぶんぶんとそれを振った。いや、それは何かが違うと思うぞ。
多分ならそのまま何処かに飛んでいってしまうことの多いそいつだが、今回は俺に用があるのか、俺の直ぐ後ろに着地するとそのままその場に寝そべった。投げ出された風鈴が、衝撃に割れず、風流から程遠い変な音を立てて土の上に落ちる。体を捩ってそいつの様子を見る、相変わらず暑苦しそうな服装だが、今回こうやってしんどそうにしているのは別の理由だろう。半分だけ褐色の腕が、自分の腹を撫で上げた。三つ明いた目の内、額の目が此方をぎょろりと見た後、もう片方の白い腕も腹の上に乗る。
手を伸ばして、そのやたらと長すぎる髪に指を通す。真冬の洗い髪の様に冷たい。もう一度、二度、特に思う事も考えることも無い、常温で脳が溶けて耳から出て行っている気がする。無表情のまま俺の愛撫を受けているそいつは、その間も二つの目で自分の腹を、自分と俺が交じり合って出来た子を見ながら、額の目で俺を見ていた。俺の子、半分俺の血を引いた子が、この中で育って、十月十日のあとに産まれて来る。俺の家族。そう思うと、どうしても目頭が熱くなってしまう。堪えろ俺。
アブラゼミに混じって、ツクツクホウシの鳴き声が混じっている気がする。何時までこの時間が続くのかは解らないが、こうやって惚けている事に、段々と違和感を感じなくなってきている事に気が付く……頃になって、虫の鳴き声とは違う、しっかりと俺の耳に飛び込んでくる音が。捩った腰が痛くて元に戻そうとするが、今度は三つの内三つともが俺を見て、俺の腰に手が当たってそれを止められる。言い訳をする前に、足音の主が到着した。

「かき揚げは海老と野菜、どっちが大目が良いかね?」

今日の昼飯、として盆棚に供える為のそうめんの話らしい。白黒に赤い目の付いた白い仮面、に割烹着とは、これもまた和洋折衷? 子供用のサイズらしいそれを着たさまをじっと見ていると、「早く言わないと祟っちゃうのだよ」と、脅しを掛けられた。祟りが恐ろしい訳では無いが、あまり足止めさせては悪い、仮面の子供が片足でぽくぽくと地団駄を踏んでいる。
かき揚げの海老と言ったら、やっぱりあの小さいオキアミなのだろうから大した拘りは無いのだが、何と無く野菜を食っている気にならないので、今日は海老。それをそいつに伝えると、二回頷かれて、「かき揚げというより、海老の塊にしちゃうのだよ」と、妙な張り切りをされた。いや、かき揚げでいいから、そんな気効かせなくていいから。寝そべったそいつの手が離れた、腰を元に戻す。
簡潔な返事を聞くと、そいつはまた廊下の奥へと引っ込む……と、見せかけて、また此方に戻って来て廊下に寝そべるそれの頭を子供の手で掴むと、にぎにぎと握って帰っていった。何だったんだ、今の。寝そべっているそいつは全く気にする様子では無いので、今に始まった事ではないのだろうか。地面に転がった風鈴が、そのまま風に煽られてごろごろと転がり、適当な大きさの石に引っ掛かって止まる。あの毛虫は、もう木陰に入ったらしい、もういない。
それにしても、俺はこの時期に自宅と墓参り以外の場所に行く事になるとは、思ってもみなかった。この時期に見れる、普段ごった返したオフィス街の人込みがガラガラになる様は、ちょっとした見物だったというのに。思えば、今年は珍しく有給を利用して盆休みの頭から休めたのは、良い事だったのか、悪い事だったのか……夏休みを一日寝潰した子供の気分だ。

寝転がったままのそいつは、眠くなったらしい、全部の目を瞑って眠りに入ろうとする。そこに寝ると通行の邪魔になるのではないか、そうとも思ったが、誰かが来てからでいいか、という事無かれな思考が湧いて出て注意を止めた。先程頭を握られた所為で逆立ってしまった前髪を、手櫛で元に戻してやる。胸が動いて、寝息に似たそれが聞こえた。ああ、生きてるんだな、こいつ。
俺の背後で、カタン、という小さい音がして振り返ると、布団が入っていた押入れの中から、赤い浴衣を着た少女が出てきた。何時の間にそこに入っていたのか、俺は眠って起きてからずっと此処に居てそんな様子は見ていなかったのだから、普通に考えれば俺が眠る前から入っていた事になる。現実を確認する為に、起きたら起きっ放しで放置していた布団を、その子はパタパタと畳む。一通り畳んで、布団の状態が敷布団と掛け布団に分けられると、盆棚に歩み寄る。

「いただきます」

供え物として置いてあった饅頭を手に取ると、白い包み紙を丁寧に剥がし、手の平に一度乗せなおして、手で千切って食べ始めた。立ったまま、というのが頂けないが、とても行儀の良い食べ方だとしみじみ思う……向こうは俺かに気が付いたらしい、手をひらひらさせて気にするなと伝えるが、一度食べる事をやめたあと続きをする気が無い。食べて良い、と口で言う「はしたない食べ方してるから、あっちむいてて……」と、その子は顔を赤らめて俯いた。
そんな風には見えないが……小声で言っていたのなら、本人なりに恥ずかしいと思っていたのだろうし、俺も自分が何かを食べている時に凝視されるのは居心地が悪い。素直に後ろを向くと、その子の溜息の様な物が聞こえて、包み紙がカサカサと音を立てた。普通なら叱る所なのかもしれないが、茄子の牛と胡瓜の馬、あれだけ残っていれば別に構わないだろう。影が濃くなり、空気が冷える。
背後でパタン、という押入れの襖が閉まる乾いた音がして、少女が居た所は最初から誰も居なかった風になった。布団は畳まれたまま、今立ち上がってあの襖を開けても、誰も居ないのだろう。涼しい事は良い事だが、何か濃い雲が出始めた辺り、もう直ぐ雨が降り出すのかもしれない。ああ、腹が減った。背後に眠るそいつの肩を揺さぶって起こそうとすると、俺の手が触れる前にそいつは目を覚まして、俺が何を言っているのかを読み取ったとばかりに宙に浮く。眠い目を擦るそいつは、そのまま俺の眠っていた布団に潜り……布団は畳まれていた筈だが、詳しい事は考えないようにする。
そろそろこうしてぼんやりとするのも疲れてきた、多分昼食が出来上がる頃なので、台所の方にでも行こうか。だが困った事に、俺はこのなれない上にだだっ広い屋敷の内部構造は全く解らない、前回台所に行った時も、便所を探し当てる時だって、同居人達に前者は連れて行ってもらって、後者は教えてもらってやっとだったのだ。誰か案内の人間がやってくるといい……土に黒い染みが、ぽつりぽつりと増える。突然ざぁざぁと降り出す事は無かったが、いい加減この場に居るのは止めて、雨戸を閉めるべきに様らしい。また広い廊下の雨戸を閉めるのは骨が折れそうだ、そう思う矢先に、そいつは音も無く現れた。
先程の毛虫に良く似たオレンジ色の南瓜頭、最早調和もへったくれもない外見だが、これは俺の自宅でもそうだったから気にならない。そっと近付いて俺を驚かせるつもりだったのか、片方しか無い腕が俺の肩近く止まって、まごまごと動いている。口に出して、驚いた、と言ってやると、そいつのまごつく手は落ちる。視線を移した布団に、あいつはもう居ない。別方向から吹いた風に、風鈴がまたごろごろと転がる。

「ご飯の時間デース」

腹が減って腹が痛い、丁度良い頃合だ。俺は場所が解らないだろう、ということは向こうも重々理解してくれている様で今回もこうして、案内をくれる。あいつ等はいつもそうだったな、飯はちゃんと作る、掃除もちゃんとする。だからこそ、何の文句も言えなくて困るのだが。「貴女の気にしている人なら、さっき廊下ですれ違いマーシタよ?」そうか、あいつは先に行ったのか。その間に数秒しかないとか、その辺は脳内で都合良く無かった事にする。
もう外は振り出した、というより雨粒は小さいが立派な雨空だ、本格的に降る前に飯を食って……その後の事は解らない。またボーっと惚ける時間が続くのか、寝るのか、PCで気を紛らわせる事になるのか……同居人達がまた何かをやらかすのか。とりあえずは、この空きっ腹を埋めてからにしよう、食事直後は胃に血液が行って思考力が落ちる、今の俺には丁度良いかもしれないな。
俺のことを待ちきれなかったそいつは、「こっちデース」と、廊下の奥まで歩くと、俺に向って振り返る。あれを見失ったら俺の食事が無くなる、あいつ等は準備だけはしっかりしてくれるが、その後の事までは保障しちゃくれないのだ。後を追おう、膝に力を篭めて立ち上がる。ああ、その前に一つやられなければいけない事が。転がった風鈴を出来るだけ土を踏まない様に手を伸ばして拾い、縁側に転がす。
雨戸を閉めなくていいのかと聞くと、それは心配いらない、そう顔の解らない南瓜頭で笑われる。ガタガタという音と共に、勝手に閉じる雨戸……と思ったら、巨躯のロボットが腕を動かしている。「後は任せマーシタ」南瓜頭は残った腕で俺の手を取るち、ぐいぐいと強引に引っ張って行く。白く透明なロボットが転がった風鈴を拾った所を見て、俺の視界は角を曲がり、壁になる。

ふと、思った。
何時もと変わらなかった事、一つでもあったか?
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