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SSS:お色直しチェンジ☆ [小ネタ]






カサブタ



電気も点いてない薄明かりの中、台所で生首が生首に赤茶色の斑点を描いている……って、違う違う、南瓜頭が自分の頭と同じ大きさの南瓜に赤茶色の斑点を描いている。胴体が無い方の南瓜にもハロウィンカボチャらしい顔が彫られていて、深く影を落とした部分が部屋の薄暗さもあって、明かりの中ではおどけた風だというのに不気味に見えた。……胴体が無い、と、おれを自然に南瓜を何かの頭と認識してしまった辺り、俺はもう駄目しれない。PCで新型インフルエンザがどうのこうのとという記事を見ると、「全力で土下座したら一地方位は見逃してくれないだろうか」等、的外れな考えが浮かんでしまう辺り、もうとっくに駄目か。

表情は勿論解らない、それでも真剣な様子は橙色の塊に限界まで顔を近づけて静かにしている様で察せる、嫌な色の乗った筆が何か固形物の混じった液体を上塗りして、それは更におどろおどろしく変貌する。差し入れをしてやろうと思って冷蔵庫から持って来た物で手が痛んでくる、こんなに真剣しているのなら放っておいてやろうか、わざとらしい色のオレンジジュースは二つ並んで睨み合う南瓜と同じ色だ。いい加減寒くなってきたのだからもっと温かい物の方が良かったな、それならしつこい程悩んでも指が悴む事は無かったってのに。とりあえず、机の端の方に置いて気が付かれなかったらそのまま放るとしよう。
筆先が滑るぬらぬらとして音しかしない室内に、俺が瓶を置いた硬い音が鳴って、人間の倍はある聴覚でそれに気が付いた猫がテーブルの上に落ちてきた。おい、何処に居た? 喉が渇いているのか、瓶の表面に浮ぶ僅かに水を舐めて催促をする猫、いや、これは寧ろ瓶の中身の催促か。こんな添加物の塊飲んだら寿命縮まるぞ、それは動物に言えた事ではないが……南瓜の頭と目が合った、しかも二つ、態々化粧をしている最中だった方もこちらに向けてご丁寧にどうも。正面から見ると余計にその化粧が尋常でない程不気味な物である事が解って、完成したらしい部分からは真新しい血腥さまで感じさせる、すごいな、お前。
可愛らしい鳴き声は見ず知らずの人間に小腹を満たす物を要求する際に使う物らしく、俺達に向うのに人を脅す様な重低音、その小さな体の何処からそんな鳴き声出ているのか、猫の声帯にはボイスチェイジャーでもくっついているのか? やれやれ、といった風に立ち上がった南瓜頭が何だかフラフラした足取りで食器棚に近寄り、一枚小皿を、投げて寄越した。危ないにも程がある、くわん、くわん、徐々に回転を小さく音を大きく最後は小刻みに、皿が動きを止めると、南瓜頭が瓶の蓋に親指を掛けて押し上げる様に開ける。……栓抜きも持って来てたんだけどな、こんな事態とても想定外だから。にゃあ、こんな時だけの可愛い声だ。

「かさぶた?」
「オオウ、ご明察デース。可愛いでショウ?」

こぽこぽ小さな皿に注がれる液体と同じ色の皮に塗られているそれ、最初は幾つかの完成形があるのかと思ったが、こうして近くで見るとこれは完成形ではなく、隣のカラカラに乾いて見える方が完成品の、かさぶた。猫にオレンジジュースをお酌するのは感心出来ないが、何もせずにいれば噛まれるなり引っ掛かれる等されそうなので俺達の中では賢明な判断、皿に乗って薄く張られた筈だというのに色見の変わらない物を飲んで仮に寿命が縮まったとして、文句を言わなければ良いのだ。これは俺にも、俺以外の同居人にも言える事、こういうのを暗黙のルールとでも言うのだろうか。ぴちぴち、皿に毛だらけの舌が跳ねる。
ホラーの演出として傷だらけはよく見る、生傷から毒色の血が滴る事もよくある、だが、そういえばかさぶた、というのは見た事が無かった。ミイラとかはあったか、乾きかけの血しかも、まあいい。治りかけて浮き上がったかさぶたは見ているだけで背中が薄ら寒くなる様な、砂利で腕全面を擦ったかの様な粒になって飛ぶこれは、どうにも生理的に痒くなってくる。剥ぎたい……凄いな、今までのどのホラー演出より効果的で、不快感が半端じゃないぞ。俺の表情を見て嬉しくなったか、瓶を置いたそいつは元は爪痕だったであろうかさぶたを向けてくる、突き出す。止めてくれ、本当に痒くなってくるから、ほらみろ、頭を滅茶苦茶掻きたくなってきた。
今度は自転車をこいでいたら石壁に擦ってジャッ、と一面に弾けた様な……おい、こいつ……南瓜の下は絶対に笑ってるだろ、しかも満面の笑みで。嫌に尖ってぬらぬら輝く爪が片手で南瓜をぐるぐる回して作りかけのかさぶたを見せる度に、俺は無駄に神経を嬲られる。うわぁぁぁぁぁ、今度は水疣、もしくは皮膚病で膿んだ皮が丸まったか何かしたのが出来て出来心で引っ張ったら案の定スポっと取れて、全部取ったらぽっかり穴だらけになってるような……膿んだ部分がイソギンチャク状になって、それが……って、俺は何を自ら精神を死地へ送り出そうとしているんだ、この野朗、その南瓜を今日から被る、とか言い出したらこっそり芋と一緒に焚き火にくべてやるからな。
南瓜頭は突き出していた南瓜を引っ込めると、「完成をお楽しみにしてくだサーイ」と、間の抜けたような、だが確かに悪意を含んだ言い方で言った。いや、もう完成させなくていいから、こいつの中でも出来が良いらしい南瓜は、また俺に対して悪意的な模様を増やしていく方針らしい。というより、それ、明らかに俺をどうにかする為に作ってるんだろ? 「次は何の傷のかさぶたが良いデースか?」ああ、やっぱりそうなのか。片手だけの筆だというのに器用な仕事は、出来るなら別の方向に行かして欲しかった……そうじゃないと、俺に傑作を奪われる事も無かっただろうに。
これ以上改革が進んでも困る、抱えないと持てない大きさをした南瓜、思ったより軽いそれを取り上げてやった。まさか盗られるとは思わず、もう一度席に座ろうとしていたそいつが音を立てて立ち上がった、猫は一瞬だけ冷ややかな目を向けたが、また退屈そうにジュースを舐める。中身をくりぬかれ、乾燥した南瓜は思ったより軽く、頭上近くまで持ち上げられた。底には人の首が通りそうな大穴、やっぱり被る気だったのか……手にスカスカの三つ編みを持って、ぶるんぶるんと暴れさせる、なんだそれは、南瓜頭に南瓜を返す様に要求してくる。「悪いが、これ以上俺の精神衛生上よろしくない模様を描かない、って誓うならな」、南瓜頭の動きが止まった、何だその表情は、いや、表情は無いが雰囲気が。
三つ編みを掴むのを止めて、南瓜の代わりに腹を抱えてヒィヒィ笑い出したそいつの前に南瓜を、直ぐに黒い手が伸びてきて南瓜を取り戻そうとしたのでまて頭上近くまで上げた。不機嫌そうに喉が鳴るが、また笑い声に変わる。「貴方、すごく可愛いデース」と、今度は腹を抱えていたベルトに包まれた手が俺を指差す、俺が可愛い? 「オジサンは怪物の治りかけた傷を見た事がありマースか?」いいや、無い。素直に首を横に振ると、笑っていたそいつの笑いが更にカン高く、ともすれば狂気的に響いた。指差す手が口元を押え、笑い声に混じって、俺を小馬鹿にするような言葉が聞こえた気がする。

「ほんの少ししか生きられないのに傷一つ治すのにも時間が掛かって、全力で、可愛いデースよ。人間」

だからこそ、虐めるのが楽しい、と。
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