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愛=理解? [小説]

理解と孤独の二部作②(終)
愛しの貴方は究極の外部記憶装置

登場キャラ:おじさん 無誇示の頤



理解度:★★★★★
(理解できているかい?)
(理解したよ)






愛しの貴方は究極の外部記憶装置



腕を絡められる事はよくあった、何処に絡められる事もよくあった、だがソファーの背凭れに乗る形になってまで、足を首に回されるとは誰が予測しただろうか。丁度肩車の様な形だが、肩に足を乗せているのは小さく可愛らしい子供ではなく、腕が蝙蝠の蝙蝠男だ。似ても似つかない。

「小父君。
 ちょっと寂しいって言ってみてくれたまえ」

「寂しい寂しい寂しい寂しい」

肌の質感が世の女性に呪われるのではないかと思う程すべすべとしていて、これだけは子供と言えなくも無いがそんな事は問題では無い。唐突に妙な話をされるのは今に始まった事ではない、何か訳の解らない要求をそれる事も同じく、その何れにしても共通している事は、悲しい事に、大体がその要求一つで済んだ試しが無いということだろうか。
背凭れに半分体を乗せて、後は足を俺に投げ出しているだけという不安定な体勢のまま、腕も突いていない様だ。何故なら、その腕は俺の顎の下で俺の髭の剃り残しを弄ぶ作業に忙しい。意識すると後頭部に何かが当たって仕方が無いので、それの存在を全力で無視する。絡められた足がその僅かな距離を縮める様に、ぎゅうと絞まった。苦しい。
産毛の生えた蝙蝠の腕に張った皮膜は、意外にそう暑苦しい物ではないが、それでも血の通った物なのだと触った感触が教える。これは確かに血が通い、脈打つ物だ。肩に掛かる体重は今回は大した事無い、今回は、というと妙だが、何時ぞや同居人の一人が俺の上に乗ってきた時、その時は大した重さには感じなかったというのに、改めて別の日に乗られた時恐ろしい重さで、つい悲鳴を上げてしまったことがあった。原理不明、理解不能。
こいつは他人に無視されるのが嫌いらしい、俺から返事が無いと直ぐに何かアクションを起こして、俺にちょっかいを出す。痛っ、剃り残した髭を教えてくれるのは嬉しいが、それを引っ張るのは止めてくれ、どうして髭はこんなに無駄に痛覚に敏感で、引っ張られると痛いんだろうか。その根元からピンセットの様な、長く伸びた爪の形をした指を使って、引っ張っては撫でつけを繰り返されるのは、地味に堪った物ではない。

「もっと愛を篭めて!」

「さーみしーい」

些か適当すぎたか? 何を言われているのかが理解出来ないが、意味も無く要求している可能性が無い訳では無いが、それだと最初から俺が何かをする意味が無かったという事になってしまうので、何か意味があった事を仮定して考える。……少し考えたが、俺が『寂しい』等と言った次の瞬間、「ならば寂しくなくしてあげよう」と言われて、何やら得体の知れない目に考えしか浮ばないのは、もうその手を三回やられたからか。あの時は酷かったな。
愛を篭めて、というのは「寂しい」という言葉と喰い違っている様感じるが、実際の所は二つはとても密接な物なのだと俺は考えている。何故なら、最初から物を持たざる者は何も失う事は無い、最初から誰とも関わる事の無かった人間は、そもそも孤独になる事が無いのだから、孤独ということはない。頭の上の方で大きく風がなびくのを感じた、おそらくこいつが今俺の顎から放した腕を、俺の頭上で大きく振りかざしたのだろう。激しいボディーランゲージはこいつの特徴だ。
ばっさばっさ、そんな音を立てて振り翳される音を聞いていると、そのまま何処かへ飛んでいってしまうのだは無いかと考えてしまって、このまま飛び立たれて首吊り状態になる自分を想像すると、つい笑ってしまう。自分でも何が面白いのか解らない。上を向いてそいつの顔を見ようとする……何故かしらないが、そいつも俺と同じく頭を逸らせて、大きく背伸びする形になっていた。こんなに近く、肌が触れて居ると言うのに、相手の表情が解らないなんて当たり前だというのに、何だか不思議な気分がする。
また聞こえる何度かの激しい羽音、今度は体重が前側、つまりは俺の側に大きく掛かって危うく手前に引き倒されそうになった。やっとの事で治まると、「涼しくしてやろう」という言葉と共に、また羽音……どうやら、自分がしがみついていては暑かろうと、腕を団扇にして風を送ってくれているらしい。もう既に、こいつの中で降りるという選択肢は無い。

「小父君って、今までそうやって、寂しいって思った事あったかい?」

今の言い方で何か心の琴線に触れるものがあったのか、話が先へと進んでいる。こいつの感性は良く解らない所あったが、もっとよく解らなくなった。頬を撫でる風がそれなりに心地良いが、人外とはいえ生物の体温に適う訳無く、涼しくは無い。俺に跨って誇らしげにしている様子を想像すると、恥ずかしい事をしているのはあっちだというのに、俺が恥ずかしくなってくるのは何故だ。
こういった訳の解らない方向性の会話の仕方も慣れた物だが、こうやって慣れると、俺がこいつ等に適当に接しているのではないかと、勝手に俺自身が思い込みかかる時もある。我が事ながら、面倒な性分だな、おい。慣れなければ体が持たない、慣れれば自分に疑心が生まれる。俺もあまりこいつ等の事を面倒な奴だと言ってられないかもしれない。一度でもそう思うようになると、それを呼ぶ感情は胸に染み付いて、二度と接がれてくれないのだから。
首が折れるのではないかというような重圧、体が手前に折れる様な、それでいて体を前に寝かせて回避させてくれない何かと、重圧が大きく首周りを回転する感覚に目を瞑ると、そいつは何事も無かった様に俺の前に立っている。「羽で風を送るのだったら、こちらの方が送りやすいだろう」、俺の迷惑顧みないそいつは、俺に向ってまた骨と皮膜で出来た羽を動かす。そいつの顔を見ようと顔を近づけると、また背を逸らして顔を逸らされてしまった。こいつなりの拘りがあるらしい。
……孤独を感じた事が無い、といえば嘘になるのでは無いだろうか、だが俺がそう答えたのは、俺が孤独を感じる以前にどんな気分だったのか、それが全く思い出せないからだ。思い出せない、覚えていない事は存在しないも同じ、俺の孤独は存在しなかった。難しく理屈で考えるというよりは、殆どが感覚での答えだ。だからと言って俺は、今が孤独だとは思わない、思えない。俺の周りには奇妙だが、俺が『繋がっている』と思える同居人達と、まあ……これもまた奇妙な物が、歪ながらに俺と共にある。

「無いな」

おめでとう! 場の空気を大きく波打たせて、俺の頬に先程の重圧が薄まって、人肌の生々しい余韻が戻る。コレを言葉に直さなければならないなら、コレは究極の歓喜ではないか、今まで疑い続けていた物を吹き払う、何もかもを疑う事を忘れるような……俺が感じた物ではない、橙色の目が映すそれは。
視界一杯に広がるオレンジ色の輝き、一瞬またこいつ等の奇妙な世界に飲み込まれたのかとも思ったが、それはこいつが俺を見る目だった。心からの祝福と安堵、そんな物が入り混じる中に何かがとぐろを巻いた、そんな見慣れた目が。

そうか、お前。

「君は独りぼっちじゃない、そして余も!」

お前、が、そうだったのか。
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