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あ [小ネタ]

父の日連作④
21日.どうもありがとうございました

登場キャラ:おじさん 貫の顎

白度:★☆☆☆☆
精神有害度:★☆☆☆☆
(夕方)
(人が人から貰った物を強請るのは行儀が悪いので止めましょう)
(オレンジな貴方)








どうもりがとうございました



何時の間にか日の入りが遅くなって、今では七時を回っても空は灰色いまま、外は暗くならない。元から日が沈んでも沈んでいなくても、空に大きな炎の塊が浮いているか否かの差しか無い此処では、明るい時間が長くなったという自覚が、何と無く薄れる気がするが。日の入りが遅くなったからといって、それに見向きする人間も、この街には居ない。
結局は何もしないで一日が終わる、テレビを見ながら風呂を沸かしつつ、夕食の支度をする音を聞いて、平和だ。今日は何時もより人の出入りが激しかった、それでも、夕食はちゃんと作ってくれる辺り感謝する。葱を刻む音で目を覚ますのは男のロマンらしいが、何者かが自分のために何かをしてくれている、というのは自分に有害でない限りは純粋に嬉しいと思う。
日が沈んで行く頃になると、もうカーテンを開けても別に問題は無い、夏の空の色をしたカーテンを引き、束ねて寄せた。ベランダには同居人達の作った花壇がある。しぼんだ紫の筒型の花。見れば新しく朝顔が加わっていて、これは一夏中は朝咲いてくれるだろう。背の低い向日葵の花を植えたと聞いたが、今それは緑の芽が見えるか見えないかの状態で、それはもう少し後か。
ベランダの戸を引く、一気に夜の匂いが立ち込めて、それを肺いっぱいに吸う。絶対に淀んだ空気だと解っているというのに、夜の匂いと言うのはとても魅力的な物で、俺はこの匂いが好きだ。特に雨が降った後か丸一日カラカラに晴れた物か、今日のは久しぶりの後者で、房が広がり羽毛の様な形になった雲が、ゆっくりと灰青の影を作って西の空へ流れて行く。
太陽が真上に差し掛かりつつある時、同居人の手で干された洗濯物は日差しの恩恵もあってか、もう八割が乾いていて。シャツやハンカチ等、小さい物は完璧に乾いている。誰の物だか解らないが、断じて俺の物ではない紐の様なパンティーも乾いている。大量の洗濯物が邪魔だったが、外を見ようと、ベランダの策に手を置く。煙草と灰皿が欲しくなったが、洗濯物に匂いが移っては堪らない、我慢した。
その時、まるで鼠花火が炸裂したかの様な音と、隣の部屋で小火が起きたとかそんなレベルでは済まない様な、尋常でない量の煙が…………突風に全て流されて、オレンジ色の忍服が浮き彫りになった。相手と目が合う、とても気まずい。俺が何かをした訳では無いというのに、何故か俺まで悪い事をしてしまった様な、そんな空気が立ち込めている。
気まずい沈黙の後、そのなんとも情けない忍者は此方をチラチラと見ながら、腰を低くして指を一本立てる。もう一度やらせてくれ、とでも言いたいのだろうか。俺も特に断る理由は無かったが、煙のキナ臭さがシーツに付くと嫌だ、首を横に降る。そしてまた、気まずい沈黙が右から左へ。普段、全世界全生物の鼓膜に恨みでもあるのかと問い掛けたくなる程に騒がしいこいつだが、今は心なしか小さく見えた。

「小父殿! 小父殿ォ!!」

「聞こえている、叫ぶな」

と、思ったのも一瞬。いきなり腹に衝撃を感じたと思ったら、大の大人が俺の脇腹に顔を埋めるような形になって、物凄い勢いでその顔をキツツキの様に動かしている。この状況は正気の沙汰じゃない、こんな大声で叫ばれ続けると、台所に立っているそれを呼んで更なる地獄絵図になりかねない為、何とかして早く黙らせる。目に眩しい色の生地に包まれた腕を引き剥がそうと身を捩りまくったが、とりあえず引き剥がす事は不可能か。
同居人でなかったら何処ぞに通報したい、この静かな夕暮れを叩き壊すオレンジ色をずりずりと引き摺りつつ、何とかベランダの扉を閉めた。よし、多分これで増援は来ない。咽び泣く様な声をサイレンを思わせる程出すこれは、一体何の用事でこんな有り様になっているのやら、引き摺った所為でそいつの体制が崩れて、俺に向ってうつ伏せに倒れこむ様な形だ。
テンポが大きく外れてやっと気が付いたらしく、そいつはそのまま俺の腰から手を放すと、べしゃっ、と音を立てて落ちる。体勢を立て直すだけなら、別に膝を使えば良いだけだろうに、それ以前に何故両腕を一気に離す。音の通りに頭をしたたか打ったそいつは、自分の顔をぐりぐりと摩って悶えた。百歩譲って賢くない、大馬鹿な様子を見ていると、何処と無く哀れな気がしなくも無い。
やっと体勢を立て直して立ち上がろうとすると、また何かに引っ掛かったらしく、頭をガクッと下へ落としてしまう。よく見ると、俺の事を掴んでいたのは人間らしい両腕以外にも、頭から生えた申し訳程度の腕もそうだったらしく、しかもその腕で俺を掴んでいた事を忘れたまま立ち上がったらしい。こいつが猫とか犬とか、小動物だったなら、今ほんの少しは可愛いと思えた気がする。
また叫ぶ、もがくと思ったので、甚平の生地に引っ掛かった小さな爪を外してやった。まるでトラバサミから助けられた鶴の様な、その薄桃色の目に「このご恩は一生忘れません」といった風な色を滲ませて、そいつは俺を見る。多分三歩歩けば忘れるだろう。口元の鎧の様な物が、微かな日の光で硬質な銀を放つのを見て、通りで痛い訳だと納得した。胴体に押し付けられれば当然痛い、それをつけたままコンクリートの床にキスするのは、それごとぶつかるのだから、+段の付いた鉄の塊を顔面にぶつけるも同義だ、当然痛い。
夜を孕んだ風がまた吹き抜け、まだキナ臭さが残っていたベランダを掻き混ぜて、また帰って行く。小さく出た頭の手を此方に振りながら、口元を隠して表情が解らない……筈の顔をこちらに向けて、またそいつは大声を出した。今度は俺の腹という隔てが無い為、その声はダイレクトに俺に届いて堪った物じゃない。そんな大声を出さなくても聞こえる、最初に聞こえていると言ってから三秒以上は経ったから、もう忘れてしまったのだろうか。

「もう何か手順とかどうでもいいから、兎に角その花を好きな方法で、小父殿の父殿に投げつけるでござる!」

「いや、俺は死人に花を手向ける趣味も無いからって、死人に仏花を叩き付ける趣味も無いんだ」

バビーン、とか、ベビーン、とかまた妙な音と共に、手甲と手袋にに包まれた人差し指が俺に突きつけられて、更にもう片方の人差し指はベランダから見て、台所の入り口に向って指される。悪いな、花は先程どうにも食事の邪魔になるが為に、寝室の方に移動してもらったんだ。両手を開いて突き出す上体のそいつは、そいつの物凄く得意げで誇らしげな顔と比べ、とても滑稽で情けない。急所丸出しとは正にこの事。
もう直ぐ咲く白薔薇の蕾を叩き付ける、何か正当な理由あっての行動であっても、場合によっては鬼畜の所業に見える。好きな方法でやれと言われても、俺が人間である以上はやれる事は限られる、そして、現在時刻を考えれば自ずと大体の方法が不可能である事も。こいつ等はもう俺が墓に行かないと満足し無さそうだが、それだけは勘弁願いたい、明日は月曜日、天下の平日様だ、無茶はしたくない。
また一陣風が抜ける、今度は大分強い風で、干していた洗濯物がバタバタと風の動きを形作って踊っている。周りでは街路樹がざわめいて、弱っていた不幸な葉を空へと舞い上げて長く、長く。最後の一欠になっていた匂いも、それにつられて何処かへ飛んでいってしまう。今度の風は夜の匂いをした風では無く、正真正銘の冷たい夜風だ。余韻を残しながら、まだ踊り足りないシーツが左右に揺れる。
俺の方を向いて情けないポーズをしていた忍者は、俺に向って背中をガラ空きにしながら、先程の俺がした様に柵へと駆け寄った。そんなに安易の無いベランダで、柵に向って危なっかしく身を乗り出すと、何か上の方を見てそいつは嬉しそうに笑う。こいつのこういった顔は随分珍しい、普段見せる顔は全て喧しく、けたたましい物ばかりだというのに。一体何を観ているのか気になって近寄ると、そいつは俺に気が付いて、見ていた物を指差す。
夕月だ、まだ白いままの月の形は半月で、ぼんやりと途切れ欠けた部分もまた白くぼやけている。この調子だったなら、明後日には満月になるだろうか。そいつも鉄の塊の下でそう呟いて、二人で暫し月見をする。ああ、また煙草と灰皿が欲しくなってきた……隣のこいつは煙草を吸わない、何でも、忍の者として臭いをつける訳には行かないのだとか。その癖に、ニンニクやニラみたいな、臭いの強い物が好物らしい。
時々、社会的な大問題にならない事を大前提として、空を飛びたくなる時があったりするが、今日もまたそんな気分になってしまった。適度な空想は心を癒す、疲れているのだろう。そう、全て都合の良い空想だ。仮に自分が空を飛べる物として生まれたとしても、空を飛べない不幸な例外にならない確率は、無いとは言えないのだから。そしてその不幸な例外にならなかったとしても、こうして空想をする事を止められる訳が無いのだろう。何より、俺自身が俺である事にも変わりは無いのだから。
流石に落ちるという事は無いだろうが、そいつはもっと夕月を見たいらしく、俺が見た時もう下半身が浮く程に身を乗り出して。見ている側が安心できないので、また一段と、今度は柵の上によじ登りそうになった段階で、そいつの事を手で諌める。仮に目の前で落ちられて、その上受身が取れませんでした……湿った衝撃音、潰れトマト&合い挽き肉とか、そういうのは本当に勘弁して貰いたい。

「違うでござる、もうこれヒント所か超答えなんでござるよ?
例えるならば、RPGゲームで主人公の自宅の壷を調べると、体力1の魔王が飛び出してくる仕様の如く!」

「訳が解らない。
俺こそ訳が解らないんだが、お前達は俺に何をさせたい」

腕に庇われて、一瞬何をされたか解らないといった風だったそいつだが、俺が明確にアクションを起こしたのが原因だったらしく、脱線した話ならぬ脱線した行動が元に戻ったしまう。普段だったらこのまま忘れているというのに、今日のこいつは何時に無く真面目というのか、それ程までに俺に何かをさせたいのだろうか。時間的に無茶だというのは、こいつ等だって解っているだろうに。
その後に一言「かたじけない」と、また古風な言い方で礼を言われて、そいつはそれから口篭った。言う事場を迷っている風ではなく、何かもっと違う、恥らっている様な様子で。やっと地に着けた脚の間に両腕を挟んで、体を左右に揺する……露骨な恥らう動作、目を伏せているが、多分熱っぽい目。何が返って来るか解らなかったが、とりあえず、こんな反応をされるとは思ってもみなかった。風が出てきた、最初のよりも弱い風が吹いて、そいつの長いマフラーが僅かに靡く。
効果音に直すとするなら、もじもじ、とかとでも言うのだろうか、一々仕草の大げさな奴だが、こいつ以外で実際にこういった風な動作をした事ある人間居るのだろうか。俺がそんな事を考えていると、また突然伏せられていた目がバッ、と此方を見て、そのまま空へと突き抜けて行くのではないかと言う程飛び上がる……天井に頭をぶつけなかったのは良くやった、ぶつけたら今度こそ冷やしてやらないといけなかった。
そいつは飛び上がってしっかと二本足で立って、俺に両腕を突き出すと、ズイズイ勢いを持って詰め寄った。あまりの勢いに自然と体が引いてしまって、気がつくとガラス戸に背中が着いてしまう、一瞬で体温を吸って俺の形に生温くなったガラスに、今度はそいつの両腕が着く。風も無いというのに、真っ赤なマフラーが誇らしげに靡いて、その動きから目を逸らすと暑苦しく燃える薄桃色の目とかち会う。

「拙者達がとても幸せな事なら、小父殿にもおすそ分けしたいだけでござる!
方法が何でも構わない、小父殿を幸福に出来るなら、拙者達は尻叩きこ怖くないでござる!!
拙者は小父殿をラヴ☆ラヴ・ハッピー♪にしたいだけなんでござる!!!」

「あ、ありがとう」

何だかよく解らないが、何やら好意を向けられていると思ったので、とりあえず礼だけは言っておいた。
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